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たった一瞬のキスだけで、こんなに、こんなに嬉しいなんて。
幸せすぎて胸がいっぱいになって、もっともっとって強欲が顔を覗かせる。抱き締めたい、キスしたい、その先も、って思った瞬間に絶望する。
その先なんて存在しない。何処にも行き着かない。
そんなの分かりきってる。この10年、嫌になるほど何百回何千回って自分自身に言い聞かせてきたことなんだから。
だから、夢なんて見ないようにせっかくここまで逃げ続けてたのに、それもたった一度のキスで水の泡だ。
全身が喜びに叫んでる。彼に触れられた場所から花が綻ぶようにはらり、と世界に溶けていく。今なら何でも出来そうな万能感が全身を押し包んで、爆発しそうな心臓が胸を突き破りそうに興奮している。
なのに、心はどんどん冷めていくばかりだった。氷の女王に欠片を埋め込まれたお伽噺の少年のように、心の中心から冷え冷えと悲しみが拡がっていく。
これはまやかしだって知っているから。バカみたいに浮かれている身体を、冷めた心が軽蔑の眼差しで淡々と眺めている。お前じゃないよって。彼が見ているのはお前じゃないよって。
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