試練

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一度離れた重みがまたすぐに胸にのしかかる。ガバっと抱き締められて、俺の視線は天井に向けられた。細い顎が肩に乗る感触。うなじ越しにハァっと深く苦しげな溜め息が当たる。 「……あんまり煽んないでよね。"初めて"は優しくしたいし、あ、勿論今じゃないよ?ちゃんと、ゆっくり丁寧に時間をかけないと、ね?」 重なった彼の鼓動も同じくらい高鳴っていたのはきっと、俺の錯覚じゃないはず。 「だから、覚悟しといて?僕は結構、執着が深いから」 ニヤリと笑った頬の動きが首筋に伝わる。聞いたこともない低い声音の響きに何故だか背筋がゾクリと震えた。 軽くうなじを噛まれて吸いついた口唇の痕。家に帰って鏡を覗いてみれば、思ったよりも紅く際立っていた。 それからの俺の成長については、筆舌に尽くし難い努力と我慢の成果だった、とだけ云っておこう。宣言通り、彼は俺が思う十倍は『ゆっくり丁寧に時間をかけて』俺の身体を作り変えていった。 男とも女とも実地の体験が皆無だった俺は、彼の言う『フツーこんなもん』が本当にフツーなのか否かも判断出来なくて、半信半疑のままズルズルと身体も心も慣らされていった。多分、いや絶対違うだろ!とツッコミたくても反証がない状態では説得力に欠ける。 そういう意味では彼の経験値も知識も俺と変わらないはずなのに、どこで仕入れてきたのかその手練手管。いいように翻弄されるだけされて、唯の一度も抵抗出来た試しがなかった。
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