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「もう別れる」
さっきまでベッドの上で
切ない声で鳴いていた実結の言葉は
最初はジョークとしか思えなかった。
「冗談にしてはおもんないけど?」
「こんな事を冗談で言うわけないでしょ」
「ほんならどういうつもりやねん」
「紀樹とはやっていけない。それだけ」
凛とした声に迷いはなかった。
冗談なんかではない。
「本気で言ってるんか?」
「当たり前でしょ」
間髪入れずに出される答えに
強い意志が含まれていた。
本気で別れるつもりなんか?
「……理由は?」
「どうして別れるのに理由が必要なの?」
「納得できへんやろ」
「紀樹が納得するかどうかなんて関係ない。恋愛は片方が終わりにしたいと思った時には終わりなの」
心の中で舌打ちする。
実結の屁理屈は芸術的やな。
まあ、理由はわかってるんやけど。
「……俺が結婚せえへんって言ったから怒ってんのか?」
実結が押し黙った。
「誰も何十年も待てとは言ってないやん。たかが数年の話やろ」
たかが数年と言った時
実結の目に浮かぶ涙は
頬を伝っていたのに。
「……紀樹には私の気持ちは死んでもわかんないよ」
そこまで何で焦ってるのか
深く聞けば良かったのに。
「ええから大人しく待っとけ」
ただの年齢による焦りなんやろうと
勝手に決め付けてた。
「待つつもりなんかない。紀樹のそういう自分勝手な所がもう嫌なの」
「何やそれ……」
夜の風は冷たくて実結が自分の体をさする。
アイス食うからやろ。あほやな。
「もういいでしょ? 話はおしまい」
「あほか。却下やな。俺のことが嫌いやって言うんやったら別れたるわ」
少しの沈黙の後
実結がポツリと言う。
「……嫌いだよ」
「ほんまにそう思うんやったら俺の目ぇ見て言えや」
細い体がピクリと反応する。
しばらくして
実結が紀樹の方へ体を向けた。
「嫌いだって言ってるじゃない。もういいでしょう?」
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