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たゆたう
夏が来るとあの黒猫を思い出す。
わたしの一回きりの、たいしたことない霊体験。
その日、祖父母と両親は、朝から出かけていた。
家に残ったのは、高校生の兄と、中学生のわたしだけ。
わたしと兄は、お昼ご飯にカレーライスを作ることにした。大人が慌ただしくしている日は、料理をすると喜ばれる。
カレールウがなかったので、わたしが買い出しに。日焼け止めを塗って、サンダルを履いた。
田舎町だから近くにコンビニなんてない。カレールウは、二キロ先の古い雑貨屋まで行かないと、買えない。
外は暑かった。錆びた標識。色褪せたポスター。軽トラックの排気ガスと、空き地にしげる草の匂いが混じり、私の鼻をかすめる。
陽炎がゆらぐ坂をのぼるうち、汗が流れた。
お兄ちゃんは家で料理なんてズルいなぁ。そう思った。
疲れたわたしは、雑貨屋でカレールウのほかに、バニラのアイスキャンデーを買った。お店を出てすぐ、歩き食い。
半分ほど食べたところで、上から鳴き声がした。ニャーオ。
視線をあげると、古いブロック塀の上に、黒猫がいた。太陽がまぶしくて見えづらい。
ニャーオ、ナーオ。
アイスがほしいのか、黒猫は甘えた声を出していた。
「だめ、だめ。猫にアイスは毒だよ」
人間の甘いものは動物に与えてはいけない。わたしはアイスを背中に隠し、黒猫に向かって、しっしっと手を振った。手が逆光で陰る。
猫はそんなのお構いなし。たっと塀から降りてきて、わたしの足もとに来た。
「え」
思考が止まった。溶けたアイスキャンデーが、したたり落ちた。
くるぶしが、急にひんやりしたから。冷たい水をかけられたみたいに。……夏の黒猫は、こんな体温じゃないはずだ。
下を見ると――黒猫の体は、わたしの足をすり抜けていた。バニラのしずくも日の光も、猫の体を無視して地面に落ちている――。
黒い毛並みが不気味に思えた。
わたしは声にならない叫びをあげ、道を駆けだした。
甘え声を出していた黒猫は、態度を変えた。金の目を見開いて追ってきた。いや。たすけて。そんな言葉が口に出た。
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