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動揺したわたしは、歩道の亀裂に足をとられた。バニラアイスが宙を舞う。
わたしがこけようという瞬間、黒猫はわたしの体を、猛スピードですりぬけていった。黒猫はわたしもアイスも無視して、ある獲物に向かっていた。
わたしは膝を押さえながら起きあがり、猫が飛びかかっている生き物を見た。
蛇だ。ずんぐりとした体形の、赤茶色の蛇。
黒猫は俊敏な動きで、蛇の頭に噛みついた……正確には、噛みつこうとした。
猫の鋭い牙、長い爪、どちらも蛇の体を通らない。この世の者でない黒猫は、蛇にさわれないようだった。
だけれど赤茶色の蛇は、身をくねらせ、遠くに這っていった。黒猫の攻撃は痛くなくとも、冷たくて、いやだったのだろう。
残った黒猫は、未練がましく鳴いた。そして、陽炎のように揺らいで消えた。
わたしはしばらく座り込んでいたが、草むらに「マムシ注意」という看板があったので、さっと立ちあがった。看板に描かれたマムシの絵は、さっきの蛇とそっくりだった。
家に帰ると、兄にとても心配された。その足のけがはどうしたかと。
わたしはまず、買ってきたカレールウを、兄に手渡した。
わたしは兄にすり傷の手当てをされながら、ありのままを話した。
マムシと、おばけの黒猫を見た、と。
兄は薬箱を棚に戻しながら「へえ」と。気のない返事をした。
「ほんとに見たの。あれはきっと、幽霊猫か化け猫よ。すごい顔でマムシに襲いかかっていたんだから」
捕まえられなかったけど。
「その黒猫、お前になにかしたの」
「……黒猫のせいでマムシに会った……。ううん。マムシから、助けてもらったかも」
「ならよかった」
その黒猫は幸運を呼ぶ猫か、ただの猫だよ。兄はそう笑った。
悪いものじゃないなら、もう一度あの黒猫に会いたかった。
だってせっかくのオカルトだ。怖がらずに観察したい。「霊が見える」とまわりに自慢したい。
こういうよこしまな心がいけないのか。マムシが出ないよう道が整備されたからか。
中学生の夏以来、あの黒猫を見ることはなかった。
ただバニラアイスを食べているときは、くるぶしが冷えて、猫の気配を感じた。
今年も夏が来る。
わたしは子供のころに会った、あの黒猫を思い出す。
(終)
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