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僕の名は、ツヨシ。
五歳の雄の柴犬だ。
ここ安永さんの家で、雌のキジ猫のヤヨイと共に飼われている。
基本、家の中で過ごしている。
郊外の一軒家に住まう安永家は、パパとママ、お兄ちゃんと美佐子ちゃんとの4人家族だ。
僕は産まれて間も無くして、この安永家に貰われてきた。
お母さん、そして三匹の兄弟たちとは、それ以来会っていない。
でも、お兄ちゃんや美佐子ちゃんには毎日散歩に連れて行って貰えるし、パパやママにも可愛がって貰えるので、毎日がとても幸せだ。
キジ猫のヤヨイが安永家にやって来たのは1年半ほど前のことだ。
友達の家の猫がたくさん子猫を産んだとのことで、美佐子ちゃんがママにさんざんおねだりをして子猫を飼うことを許してもらい、そして、ヤヨイを貰ってきた。
安永家に来た当初のヤヨイはホントに小さくて、寂しげにミャーミャーと鳴いていて、そしてプルプルと震えていたので、可哀想に思った僕はずっと側に居た。
毎日、一緒に遊んでいたし、毎晩、一緒に寝ていた。
そして、家の中で暮らす上でのルールを色々と教えたものだった。
もちろん、犬と猫とでは言葉も違うから、ちゃんと話は出来ない。
けれども、やっちゃ駄目なことをしそうな刻は制止するとか、あるいは教えたことがちゃんと出来た時には優しく舐めてあげるなどして、一応はコミュニケーションを取ることはできる。
ヤヨイは素直で頭が良く、そして、優しい猫だ。
家の中のルールは何度も教えなくともちゃんと分かったし、やたらと暴れることも、そして甘え過ぎることも無かった。
安永家の家族みんなの愛情を一身に受けるようにして、ヤヨイはすくすく大きく育っていった。
言葉こそ通じないものの、僕とヤヨイは大の仲良しだ。
けれども、ヤヨイが大きくなるにつれ、不自然に思えてしまうことがあった。
それは、時折、すごく甘えん坊になってしまうことだった。
犬としての考えなのかもしれないけど、小さな頃は甘えん坊でも、大きくなったらそれは収まるものだと思う。
でも、ヤヨイはそうじゃなかった。
もちろん、子猫の頃みたいに寂しくてずっと鳴いてるってことは無くなった。
でも、時々、家族の誰かにとことん構って貰わないと気が済まないような態度を見せることがある。構ってくれるまでずっと付きまとうとか、ニャーニャー鳴いているとか、そんなことをする。
安永家のみんなはとても優しいから、ヤヨイがそんなになっても、可愛いねってニコニコしながら遊んだり構ったりしてあげている。
でも、僕はそんなヤヨイが不思議だった。
そんな疑問を抱えていたある日、僕は不思議な光景を目にしてしまった。
その日の午後、ヤヨイは美佐子ちゃんにずっと遊んでもらっていた。
思う存分遊んでもらったヤヨイは、今度はチュールをおねだりして、何本も食べさせてもらっていた。
遊び疲れてお腹も一杯になったのか、ヤヨイは寝床に戻り、そしてスヤスヤと寝息を立ててお昼寝を始めた。
僕も眠くなったので、ヤヨイの隣の自分の寝床に行き、そして、横になった。
僕はウツラウツラしながら、眠っているヤヨイを見ていた。
すると、ヤヨイの背中のあたりがモゾモゾと動いているのが見えたんだ。
最初はヤヨイが何やら身じろぎでもしているのかな?と思った。
でも、そうじゃなかった。
何かがヤヨイの背中のあたりで動いていたんだ。
え?!何あれ?とビックリした。
ヤヨイの背中のあたりを見つめていると、それは、まるでヤヨイの中から湧き出してくるみたいな感じで姿を現わした。
それは、やたらと胴が長くて、そして足がたくさん付いた、小さな長い猫みたいなものだった。
え?!何あの小さな猫?!と僕はビックリした。
その小さな長い猫みたいなものは、ヤヨイの背中から抜け出して、たくさんの足をチョコチョコ動かしながら、眠っているヤヨイの頭のほうへと移動を始めた。
その小さな長い猫をよく見ようとしたところで、僕はハッと眠りから覚めた。
ウツラウツラしていたつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだった。
急いでヤヨイに近寄り、さっき見た小さな長い猫を探してみたけれど、どこにも見当たらなかった。
小さな長い猫を見たのは、どうやら僕の夢の中の出来事みたいだった。
2時間ほどしてお昼寝から起きたヤヨイは、普段と何も変わったところは無かった。
その夜のこと。
眠りについた僕は、いつの間にか、自分が見たことの無い場所に来ていることに気が付いた。
家にある「わしつ」みたいな所だけど、「わしつ」よりもずっと広くて、そしてずっと古い感じがした。でも、すごく清潔な感じもした。
ここは何処だろう?と戸惑っていると、変わった服を着たおじさんがやって来て、僕をヨシヨシしてくれた。おじさんの服は、お母さんや美佐子ちゃんが夏に着る「ゆかた」にどこか似ていたけど、それよりも黒っぽくて、そしてどっしりしてる感じだった。あと、長い帽子も被っていた。
しばらくヨシヨシしてくれた後、おじさんはこう言った。
「ツヨシくん、ネコムシを見たんだね。」
おじさんのその言葉を耳にした瞬間、僕は「言葉」で物事を考えることが出来るようになった。
それまで僕は、安永家のみんなが話す言葉はあんまり良く分からなかった。
自分や家族みんなの名前に幾つかの単語といったもの、そして、ご飯や散歩の時の言葉は何となく分かったけれど、普段、家族みんなが交わしている言葉はよく分からなかった。
「言葉」を使って、物事を考えるってことも出来なかった。
でも、「ゆかた」みたいな服を着たおじさんから話し掛けてもらった瞬間から、僕は「言葉」を使って考えることが出来るようになった。
僕はおじさんに色んなことを聞いた。
ここは、どこ?
おじさんは、だれ?
おじさんは答えてくれた。
この場所は、現実の世界と「あの世」との狭間にある、夢と繋がった場所だと。
そして、おじさんは、「ねこどろぼう」の教育係だと。
今度は「ねこどろぼう」って何?と聞く僕。
そんな僕に、おじさんは色々と教えてくれた。
僕が昼間に見た、眠っているヤヨイから出てきた小さくて細長い猫は、「ネコムシ」だということ。
その「ネコムシ」は、ヤヨイが家族のみんなから貰った幸せな気持ちを、ヤヨイが寝ている間に「ねこゆめどの」に持って行くということ。
そして、「ねこどろぼう」は、「ネコムシ」が持って行ってしまった幸せな気持ちを取り戻すことが役割だと教えてくれた。
また、僕が今ここにいるのは、僕が猫のことが大好きで、「ネコムシ」を見ることが出来て、夢の世界で動けて、そして「ねこゆめどの」に行く力を持っているから、おじさんに呼ばれたためだと教えてくれた。
「ネコムシ」を見ることが出来る犬は、すごく珍しいらしい。
特別な力を持っていて、猫のことが大好きで、そして幸せに暮らしている優しくて思いやりのある犬じゃないと「ネコムシ」を見ることはできないとのことだった。
その日から、僕は毎晩のように、その夢に繋がった場所に行き、「ねこどろぼう」になるための「とっくん」をするようになった。
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