4 潜入

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下働きの猫たちは毛を逆立てる。 そして、『猫泥棒』の面々に対して様々なことを言い立てる。 例えば、柴犬に対しては、こんなことを言い立てている。 「やい!君んちのお父さんは、明日は帰るのが普段より遅くなるぞ。そして、君の散歩の時間は半分くらいになっちゃうぞ!」 「やい!君んちのお母さんは、明日の朝、少し寝坊しちゃうぞ。そして、君の朝ご飯の時間は少し遅れちゃうぞ!」 等々。 それに対し、柴犬は反論する。 「いや、明日、お父さんはいつもの時間に帰って来る。だから、散歩の時間もいつもと一緒だよ。」 「いや、明日もお母さんはいつもどおり起きるから、朝ご飯の時間は普段と変わらないよ。」 等々。 猫は元々、夢の世界に近しい存在だと言われている。 猫に纏わる怪しげな噺、それが洋の東西を問わず語り継がれ、そして、今も尚、新たな噺が生まれ続けているのも、猫が斯様な存在であるが故かもしれない。 そして、猫がこの夢の世界で予言めいた言葉として口に出した内容、それは、現実に影響を及ぼしてしまうのだ。 無論、現世から下働きに来ている猫程度では、そんなに力のある言葉は使えない。 だが、柴犬の家のお父さんの帰りが普段より遅くなるとか、お母さんが少し寝坊するといった程度のことは実現させることができる。 要するに、ちょっとした『呪い』だ。 もしも、この下働きの猫たちにもっと力があったならば、例えば、我々がこの場から一歩も動けなくなるだとか、或いは我々が体に吸い込ませた『年貢米』を、元の棚に戻してしまうなどといった内容の言葉を発するのかもしれない。 だが、彼らはそこまでの力は持っていないため、即効性の無い、嫌がらせ程度の言葉しか口に出来ないのだ。 しかし、嫌がらせ程度とは言え、それが実現してしまうのは実に困ってしまうものだ。 だから、その『呪い』は打ち消さなくてはならない。その『呪い』を打ち消すためには、それと同じくらいかそれ以上の力を持った言葉で、それを否定しなければならないのだ。 柴犬は反論することで、下働きの猫たちが放った『呪い』の言葉を打ち消しているのだ。 下働きの猫たちは、柴犬だけでなくリスザルやインコに対しても、『呪い』の言葉を投げかける。 それに対してリスザルやインコも、柴犬と同じように、その『呪い』を打ち消す言葉を口にしている。 『猫泥棒』となる前、『社』の訓練場にて『言葉』の特訓が行われるのはこのためだ。 『言葉』の特訓、その意義は『猫夢殿』で遭遇した猫たちに『呪い』の言葉を投げかけられた際、それから身を守るためなのだ。
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