4 潜入

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我々は、夢の世界の出口を目指してひた走る。 夢の世界の構造、それは不定形だ。 この夢に繋がる多くの存在の、その心の様相の変化に応じ、夢の世界の構造は時々刻々と変わっていくのだ。 けれども、夢の世界の出口、それは、目を凝らせば、心を澄ませれば、たちどころに探り当てることが出来る。 それも『猫泥棒』としての特訓の中で得られた能力の一つなのだ。 我々は、探り当てたその方向へとひた走る。 夢の世界の出口、その気配が次第次第に濃くなってくる。 もう、間も無くだ。 今宵も何とか滞りなく、『猫泥棒』の役割を果たせそうだ。 出口の向こうに拡がるその景色を思い浮かべる。 その時だった。 私たちを取り巻くこの夢の世界の雰囲気が、不意に重苦しいものへと姿を変える。 漆黒の闇が、その濃さを急激に増したかのような感覚に囚われる。 睨め付けるような視線が四方八方から注がれているかのようだ。 周り中から濃密な猫の気配を感じる。 それは、多くの猫がその場に居るような気配などではない。 そう、彼の気配だ。 その力が大き過ぎるが故に、発する気配が乱反射を起こし、至る所に猫がいるような気配となってしまうのだ。 そして、濃密な闇が、睨め付けるような視線が、数多の気配が、私たちの目の前の一点に収束していくかのような感覚に襲われる。 まるで渦を巻くかのように。 一匹の黒猫がそこに居た。 完璧な黒猫がそこに居た。 艶やかな黒髪を「緑なす」と讃えたりもするが、その黒猫の毛並み、それはまさに「緑なす」と言わんばかりの艶やかさだ。 その左の瞳は銀色だ。 その右の瞳は蒼色だ。 その銀色の瞳は月の光の如き儚くも妖しげな光を放つようであり、恰も見る者の心を惑わすかのような色合いだ。 その蒼色の瞳は山奥の秘められた湖の如く、まるで覗き込む者の心を引き込むような深々とした色合いだ。 三角形の両の耳はピンと立っており、あらゆる物音を聞き逃すことは決して無いような鋭敏さを感じさせる。 その肢体は完全とも言えるバランスだ。 細く引き締まった胴にしなやかな脚。 程良い重量感を醸しつつも、溢れんばかりの躍動感もまた目にする者に与えるかのようだ。 まさに完璧とも言える黒猫がそこに居た。 ただ、世の常の黒猫と大きく異なる点、それはその尻尾だろう。 七本の尻尾は、それぞれが意思を持つかの如く、自在にうねっている。 その動きは彼の妖しげな声色のように、見る者の心にザラリと舐め上げるかのような感覚を与えるようだ。 声が響く。 「おやおや、お久しぶりだね。『猫泥棒』の諸君」 いつもながら勿体ぶった、そして芝居がかった口調だ。 その声色は蠱惑的ですらある。 耳にすればする程、まるで魂が舐め削られてしまうような、そんな感覚を抱いてしまう。 その感覚は得も言われず心地良いのだ。 思わず溜息を付いてしまう私。 よりによってこの日に彼が現れるとは。 よりによって、『猫男爵』が現れるとは。 その黒猫は、『猫男爵』 我々『猫泥棒』にとって、最も厄介な相手だ。 さて・・・今宵は如何なる厄介事を言い出すのだろうか? 『猫男爵』が歩み寄る。 その艶やかな黒い毛並みを波打たせながら。 その銀色と蒼色の瞳で我々を見据えながら。 その七本の尾をゆらゆらと揺蕩わせながら。
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