5 惜別

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『猫男爵』はその瞳を細め、満足げに語る。 「うむ、昭典(あきのり)、  そちは相変わらず()い奴じゃ。  尻尾の皆も喜んでおるぞ。」 『猫男爵』の七本の尻尾がうねうねと伸び、 そして縮む。 『猫男爵』の七本の尻尾、 それらはそれぞれが意思と、 それなりの力を持っているのだ。 『猫男爵』は笑いを含んだ調子で質問を口にする。 「はてさて、今宵も首尾良く行ったかのう?」 そして、その銀と蒼の瞳で、我々を見据える。 銀と蒼の瞳から放たれるその視線は、 我々の全てを見透かすかのように鋭く、 そして冷ややかだった。 実際、その両の瞳は、全てを見抜いているのだろう。 我々の心根も、猫に対する気持ちも、 そして、先程我々がどれだけの『年貢米』を 取り込んだか、も。 最も緊張し、最も肝を冷やす瞬間だ。 そして、これからこの『猫男爵』が、 如何なる無理難題を吹っ掛けてくるのだろうかと、 不安にも似た気持ちが胸中へと込み上げてくる。 大抵の場合、 この後、『猫男爵』は厄介なことを言い出す。 往々にして、それは軽い『呪い』だ。 例えば・・・ 「これから三十日の間、お昼になったら  子猫の動画をSNSにアップし続ける。」 という『呪い』をかけられたことがある。 次の日から、私は昼頃になると、 可愛い子猫の動画を見たいという衝動に 駆られるようになった。 そして、これはと言う子猫の動画を見つけると、 これをより多くの人に見て欲しいという欲求が 沸々と込み上げて来るのだ。 そのため、それから三十日の間、 職場で昼休みの時間となると、子猫の動画を検索し、 ツボに嵌まったものを見つけると、 それをSNSにアップするということが続いたのだ。 そのお陰もあってか、私のSNSのフォロワーは一挙に増え、また、所謂「バズる」ことも多々あった。 この程度ならば許せるのだが、 時には『年貢米』を取り上げられることもあるのだ。 柴犬の『猫泥棒』が先代の時など、 『年貢米』の半分を取り上げられたりしたこともあったものだ。 あの時は実に閉口した。 せめて、今宵は、今宵だけは、 厄介なことなど言い出さなければいいが・・・。 『猫男爵』は、気紛れなのだ。 実に、実に気紛れなのだ。 私たちをその鋭い眼差しで一頻り見遣った『猫男爵』は重々しく告げる。 「ふむ、今宵は豊作だったようだのぅ。  良きこと良きこと。」 どうやら、『年貢米』が取り上げられることは無いようだ。 安堵すると同時に、別の不安が胸中で頭をもたげる。 今宵は、如何なる厄介事を言い出すのだろうか、と。 『猫男爵』は、そんな私の不安を見透かしたかのように、その瞳を細める。 「ニヤリ」と悪戯っぽく笑った、 そんな印象を受けた。 『猫男爵』が口を開く。 重々しい言葉が空気を揺らす。 「さて、昭典(あきのり)よ。  今宵は、我を満足させい。」 『猫男爵』の思わぬ言葉に、私は自分の耳を疑った。 それは、私が『猫泥棒』となって以来、 ずっと夢見続けていた言葉だった。
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