3 襲名

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「とっくん」の内容は、大きく分けて三つだった。 ひとつめは、夢の世界の中で、自由に動けるようになるもの。 ふたつめは、夢の世界の中で、音を聞き分けたり、あるいは物の色や形をちゃんと見分けられるようになるもの。 そして、みっつめは、夢の世界の中で、ちゃんと『言葉』を使えるようになること。相手の『言葉』をちゃんと聞き取って、そして、自分の『言葉』をちゃんと発音できるようになるもの。 ひとつめの「とっくん」は、糸で出来たボールを使ってするものだった。 おじさんは、そのボールを「まり」と言っていた。 おじさんが「まり」を投げて、僕がそれを取りに行くことをやった。 始めのうちは、思ったように走ることが出来なかったし、「まり」をちゃんとくわえることもできなかった。 走ろうとしても、お風呂の中で動いているみたいに体が重い感じがしたし、何とか「まり」に追い付いて、それをくわえようとしても、口にうまく力が入らないとか、くわえて持って帰る途中でポロンと落としてしまうとか、そんな失敗ばかりだった。 でも、おじさんが励ましてくれるのが嬉しくて頑張っていたら、だんだんと上手にできるようになった。 ふたつめの「とっくん」では、「まり」をいくつか使った。 「まり」の中には鈴が入っていて、転がすと「チリンチリン」って音が鳴った。 「まり」はそれぞれ違った色や大きさで、そして、中に入っている鈴の音色もそれぞれ違った。 おじさんは、「まり」を僕に見せて、どんな色に見えるかしつもんしてきた。 最初のうちは、どの「まり」も白黒にしか見えなかった。 でも、何度もやっているうちに、段々とどんな色をしているのかが見分けられるようになってきた。 また、目を閉じた状態で「まり」を転がして、鈴の音色を聞き分けて、どの色の「まり」なのかを当てる「とっくん」もやった。大きな音・小さな音、高い音・低い音、そして、賑やかな音・涼やかな音。それぞれの色の「まり」の中の鈴が奏でる音をちゃんと覚えて、そして、おじさんがどの「まり」を転がしたかを当てる「とっくん」は、けっこう難しかった。夢の世界では、何かを覚えておくこと自体が難しかったし、そして、それぞれの「まり」の中の鈴が奏でる音をちゃんと聞き分けることも大変だった。 むずかしいよとおじさんに言うこともあったけど、おじさんは、ぼくをよしよししてくれながら、「ねこゆめどの」に行ったときに絶対に必要だから、頑張って出来るようになろうねと励ましてくれた。また、つよしくんは才能があるから、物覚えがすごく早いよとほめてくれた。 だから、いっしょうけんめい頑張って、何とか出来るようになった。 いちばん大変だったのは、みっつめの『言葉』に関する「とっくん」だった。 夢の世界の中の言葉って、安永家のみんなが使っている言葉とは、ちょっと違うものだった。どうして違うの?とおじさんに聞いたら、おじさんはこう教えてくれた。 「本来の『言葉』って、神様達が使っているものなんだ。でも、神様達の使う『言葉』って、とっても難しくて複雑だから、そのままだと人間達の能力では使いこなすことができない。だから、人間達の使っている『言葉』は、神様達が使っている本来の『言葉』を相当に簡単にしたものになっているんだ。」 「夢の世界の中で使われる『言葉』は、神様達の『言葉』と、人間達の『言葉』との中間程度の難しさになっている。人間である安永家のみんなが使っている『言葉』とはちょっと違うんだよ。」 そして、夢の世界の中の『言葉』は、人間達の使う『言葉』と比べて不思議な力があることも教えてくれた。 おじさんは、試しに、とこう言った。 「明日のお昼ご飯の時に、お母さんはバナナを食べさせてくれる。」 僕はバナナが大好きなんだけど、太るとダメだと言って、お母さんは中々バナナを食べさせてくれない。 でも、おじさんがそう言った次の日のお昼ご飯の時、美佐子ちゃんは出されたバナナを半分以上食べ残してしまった。お母さんはもったいないって言って、残ったバナナを僕に食べさせてくれた。 おじさんの言った通りになったと僕はビックリした。 そして、その夜の「とっくん」の時、おじさんに、お昼ご飯の時、バナナを食べたことを言った。 おじさんはニッコリと笑い、そしてこう言った。 「夢の世界の中の『言葉』には不思議な力があるから、使い方には注意しなきゃダメだよ。そして、もし、夢の世界の中で、誰かから不幸になりそうな事を言われたら、すぐにそれを否定しなきゃダメだから気をつけてね。」 おじさんの言っていることの意味は良く分からなかったんだけど、でも、とても大切なことだってことは伝わってきた。 夢の世界の中の『言葉』って、ただ音として出すだけじゃなくて、その『言葉』にいろんなイメージを込めなきゃいけない。たとえば、「そよかぜ」って言うときには、春のポカポカした日、お花が咲いてチョウチョが飛んでいる中を、ゆっくりとかぜが吹いていることを思い浮かべながらじゃなきゃダメなんだ。その『言葉』を受け取った相手が、ホントに「そよかぜ」を受けているような感じがするくらいイメージを込めないといけない。 そして、リズムもちゃんと整えなきゃいけないんだ。『言葉』を聞いた相手が、「あぁ、きれいだなぁ」と気持ち良くなるようなリズムで言わなきゃいけない。 だから、すごく大変だったけど、大切なことだと思ったから、僕は『言葉』の「とっくん」を頑張った。
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