3 襲名

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建物の前には黒っぽい服を着たお兄さんと、僕よりだいぶ年上に見える柴犬がいた。 お兄さんはニコニコして僕を迎えてくれた。 そして、僕をヨシヨシしてくれた。 お兄さんの手はすごく温かくて、ヨシヨシもすごく気持ち良かった。 初めて会ったのに、僕はそのお兄さんのことが大好きになった。 それから、だいぶ年上に見える柴犬にあいさつをした。 「はじめまして、僕はツヨシっていいます。」って自己紹介をしたら、年上の柴犬は、「僕はコテツ。これから頑張ってね。」と答えてくれた。 コテツさんは、僕の先輩の「ねこどろぼう」だった。 「ねこどろぼう」には、人間が一人、犬が一匹、そしてそれ以外にも、鳥や猿、ネズミやハ虫類、そして魚などがいるらしい。 また、「ねこどろぼう」は、それぞれの寿命に応じて、時々交替しているらしい。 コテツさんは、もう7年くらい「ねこどろぼう」をしていたんだけど、だんだんとおじいさんになってきたので、そろそろ交替しなきゃいけない時期だった。 今夜は、コテツさんから僕へ「ねこどろぼう」の引き継ぎをするとのことだった。 一番大きな建物の前に、コテツさんと僕が並んで座る。 コテツさんの左側にお兄さんが、そして、僕の右側におじさんが立つ。 音にならない賑わいは、急に静まったかのように感じられた。 おじさんとお兄さんは、建物に向かって、パンパンと二回手を打った。 そして、おじさんは、謡うような調子で建物に向かって声をあげた。 その内容はよく分からなかった。 でもきっと、建物の中にいる偉い人に、何かをお願いしていたんだと思う。 僕の心の中に声が響いてきた。 「ツヨシくん、これから「ねこどろぼう」として頑張ってくれますか?世の数多の小さき者達のために、その身と心を捧げてくれますか?」 それは、心をふんわりと包み込むような、あたたかで、そしてやさしい声だった。 おひさまの光のようにあたたかで、思い出のなかのお母さんのようなやさしさで。 僕は心の中で答えた。 「はい、頑張ります。」 その刹那、数多の知識が僕の頭の中に流れ込んできた。 「猫蟲」のこと。 「猫夢殿」のこと。 そして、「猫夢殿」に行った自分は何を為すべきなのか。 これまで行ってきた「特訓」とは何の為のものだったのか。 「特訓」で得た力を、どのように使えばいいのか。 「猫泥棒」の本当の目的とは一体何なのか。 コテツさんの心と記憶が僕に引き継がれた、そのような感じを抱かされた。 僕は左側のコテツさんを見た。 コテツさんは無言で頷いた。 コテツさんの声は聞こえて来なかった。 恐らく、僕に「猫泥棒」を引き継いだ時点で、コテツさんは夢の世界の中の『言葉』を失ったのだろう。 もう、『猫泥棒』としての役目を終えたから。 けれども、その気持ちは確と伝わってきた。 後を、頼むぞ。 数多の小さき者達の幸せのために。 僕は、頷いた。 その夜から、僕は『猫泥棒』となった。
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