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建物の前には黒っぽい服を着たお兄さんと、僕よりだいぶ年上に見える柴犬がいた。
お兄さんはニコニコして僕を迎えてくれた。
そして、僕をヨシヨシしてくれた。
お兄さんの手はすごく温かくて、ヨシヨシもすごく気持ち良かった。
初めて会ったのに、僕はそのお兄さんのことが大好きになった。
それから、だいぶ年上に見える柴犬にあいさつをした。
「はじめまして、僕はツヨシっていいます。」って自己紹介をしたら、年上の柴犬は、「僕はコテツ。これから頑張ってね。」と答えてくれた。
コテツさんは、僕の先輩の「ねこどろぼう」だった。
「ねこどろぼう」には、人間が一人、犬が一匹、そしてそれ以外にも、鳥や猿、ネズミやハ虫類、そして魚などがいるらしい。
また、「ねこどろぼう」は、それぞれの寿命に応じて、時々交替しているらしい。
コテツさんは、もう7年くらい「ねこどろぼう」をしていたんだけど、だんだんとおじいさんになってきたので、そろそろ交替しなきゃいけない時期だった。
今夜は、コテツさんから僕へ「ねこどろぼう」の引き継ぎをするとのことだった。
一番大きな建物の前に、コテツさんと僕が並んで座る。
コテツさんの左側にお兄さんが、そして、僕の右側におじさんが立つ。
音にならない賑わいは、急に静まったかのように感じられた。
おじさんとお兄さんは、建物に向かって、パンパンと二回手を打った。
そして、おじさんは、謡うような調子で建物に向かって声をあげた。
その内容はよく分からなかった。
でもきっと、建物の中にいる偉い人に、何かをお願いしていたんだと思う。
僕の心の中に声が響いてきた。
「ツヨシくん、これから「ねこどろぼう」として頑張ってくれますか?世の数多の小さき者達のために、その身と心を捧げてくれますか?」
それは、心をふんわりと包み込むような、あたたかで、そしてやさしい声だった。
おひさまの光のようにあたたかで、思い出のなかのお母さんのようなやさしさで。
僕は心の中で答えた。
「はい、頑張ります。」
その刹那、数多の知識が僕の頭の中に流れ込んできた。
「猫蟲」のこと。
「猫夢殿」のこと。
そして、「猫夢殿」に行った自分は何を為すべきなのか。
これまで行ってきた「特訓」とは何の為のものだったのか。
「特訓」で得た力を、どのように使えばいいのか。
「猫泥棒」の本当の目的とは一体何なのか。
コテツさんの心と記憶が僕に引き継がれた、そのような感じを抱かされた。
僕は左側のコテツさんを見た。
コテツさんは無言で頷いた。
コテツさんの声は聞こえて来なかった。
恐らく、僕に「猫泥棒」を引き継いだ時点で、コテツさんは夢の世界の中の『言葉』を失ったのだろう。
もう、『猫泥棒』としての役目を終えたから。
けれども、その気持ちは確と伝わってきた。
後を、頼むぞ。
数多の小さき者達の幸せのために。
僕は、頷いた。
その夜から、僕は『猫泥棒』となった。
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