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そのように妻の顔にも面白味を深く感じ、うんざりすることもあっていつも苦虫を潰した顔をする。仕事の時も遊ぶ時も楽しもうと思わずとも畢竟するに自然と楽しんでいる。苦虫を潰した顔で。そんな芸術家気質の博士が夫なのだから妻はしょっちゅう博士に少しは笑ってよと文句を言う。その威圧に負けて博士は笑える薬の開発に乗り出した。マジックマッシュルームに含まれるシロシビンやシロシン、これを微妙に配合するのが味噌で配合量と配合率が成功の鍵を握る。
研究所で博士は今、色々試薬を扱っていてビーカーで攪拌した液体をピペッドで少量吸い取って試験管に入れ、化学反応させたり、メスシリンダーで溶媒の体積を量ったり、滴定する為、三角フラスコで内容物を混合したりしている。バーナーで炙っている時なぞは笑いが沸き起こる沸騰点を目指すようにして寝ても覚めても苦虫を潰した顔で真剣に取り組んでいる。
そんな博士の臥薪嘗胆とも言うべき陰の努力を余所に対人関係に疲れて陰では暗く自分の方が人生を楽しんでいない根暗のくせに夫を根暗呼ばわりする妻を忘れて博士は笑える薬の研究に没頭し、完成に向けて一路邁進した。
その道のりは気が遠くなるほどの努力の連続であるのに違いなく営々刻苦し、櫛風沐雨を重ね、三星霜を閲して博士は要約、笑える薬を完成させた。
早速、博士は服用してみると、面白さが限界に達したのと同じことになって今までの苦虫を潰した顔が嘘のように収斂した筋肉が弛緩してにこにこにこにこと笑顔になった。殊に妻の顔を見ると、げらげら笑えるようになった。正に抱腹絶倒。
「な、何よ!人の顔見てそんなに笑って!」
「いや、だって可笑しくて可笑しくて、アッハッハ!」
それからシロシビンとシロシンの成分によってLSDと共通の幻覚作用が起きて妻が美人に見えて来た博士は、鼻の下を伸ばしてうっとりと微笑んだ。すると、妻は言った。
「な、何よ、こんどはでれっとしちゃって気色悪い!」
それから薬の効果が切れると、博士は以前の苦虫を潰した顔に戻った。すると、妻は言った。
「あーあ、元の木阿弥」
いずれにしても妻に喜ばれなかった博士であった。しかし、普段、愛想笑いやお追従笑いをしているだけに妻が人の歓心を買おうと人の顔色を窺い過ぎる余り気を遣い過ぎる余り神経が疲弊して鬱病に罹ったので笑える薬が抗うつ剤となって効能を発揮した。だから博士は妻に、「ありがとう」と心から礼を言われ、喜ばれ、遂に報われたのであった。
その晩、博士はいつものように晩酌した。彼は聖賢両方やる。で、酔眼朦朧とした時、妻を見て聖賢然とした、苦虫を潰した顔がでれっと崩れた。妻が明るくなったこともあり傾城傾国に見えたのだ。幸甚である。
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