第一章・おにいさんの苦悩

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「完全に、へこむ。ぜってー、立ち直れねぇ。地にめり込む。埋まる。そのまま枯れて肥料になる。俺の来世、オオシマザクラに決定だな」  とことんネガティブなわりに来世の姿を特別天然記念物に、しかも絢爛と咲く桜に指定している自尊心がほとほと笑えるのだが、ここにその矛盾を指摘する第三者はいない。  この自信と自負に満ち溢れ、どんな相手にも臆したことの無い壱琉を懊悩させる人物の名が、薄い唇からそっと呟かれるのみ。 「……チカ」  それは、たったひとりの例外。  誰も見たことが無い、誰にも見せたことが無い、傲岸不遜な自信家が悶々とする姿。その原因を作ったのは——。 「チカ……やべ、名前呼んだら体温が恋しくなってきた。馬鹿だろ、俺」  自嘲の笑みを口の()に乗せたまま壱琉の視線が向いた飾り棚で、彼と並んで写真に収まっている人物。 「あー、抱きしめたい。膝に乗せて、思う存分すりすりしたい。この写真撮った時みてぇに」  悩ましげな黒瞳が食い入るように見つめているのは、図体の大きな自身と、その膝の上で明るい笑顔をひらめかせている華奢な肢体とのツーショット写真。昨年の壱琉の誕生日に記念にと撮影したものだが、一緒に写っているのは、すらりと伸びた細い手足が(いとけな)い少年。 「やべぇ。笑顔なんか見たら、本人に会いたくなる。羽根みたいに軽くて良い匂いがするアイツをすっぽり包み込んで、グリグリ撫で回したくなるじゃねぇか。実際に撫で回すのは、まだ自重してるけどな! 小学生男児相手にナニしてんだって警戒されるから、ほっぺたすりすりと抱っこだけで我慢してるけどな!」  誕生日の記念撮影で互いの頬をくっつけ合わせたお膝抱っこ写真を毎年撮影してはウキウキと部屋に飾り、会う度に抱きしめて独占しておいて何を言っているのか。  けれど、自分の独占欲が刺激される相手がまだ小学生だという事実が、基本、誰の指図も受けつけない壱琉に、理性の枷を嵌めている。
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