第一章・おにいさんの苦悩

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「俺もそれなりに反省したけど、すんなり許してもらうにはタイミングを計らねぇと。ただ、そろそろ潤いと癒しも欲しいしなぁ。あー、チカが足りねぇ」  どう謝るか、どうやって話しかけるかの悩みと、一週間に及ぶ愛する者との絶縁状態によるイライラが壱琉の中で撹拌され、膨張していく。 「よし。今日、会いに行く。タイミングはアイツの顔見てから計ればいい。で、サクッと謝って、そのまま拉致る。なんやかんや言ってても、チカが一番好きなのは俺だからな。謝っちまえば、こっちのもんだろ」  そして、爆散した。  悶々とイライラが限界値を超えたことで、あっさりと吹っ切れた壱琉は跳ねるように立ち上がり、身支度を始めた。 「ふっ。それに、よく考えたら一週間のお預け期間はお互い様ってヤツだったわ。アイツもぜってー、『いっちゃん不足』になってる。話しかけて無視される心配してたけど、そんな可能性ゼロじゃね? 俺を視界に入れるなり、泣いて抱きついてくんじゃね? そうしたら優しく抱きしめて、涙を吸い取りがてら、顔中にキスのシャワーを降らせてやればいい。それがいい。それでいい」  年齢差に加えて、同性同士だという禁断をまるっと棚に上げて、相手には自分しかいないと言い切るところが清々しいほどに俺様思考。そして、堂々と病んでいる。 「さて、行くか。ちょうどいいことに、今日から短縮授業だ。初等科で出待ちしてやる」  今日から短縮授業なのは、卒業を控えた三年生の学年末試験が来週から始まるからなのだが、壱琉にとっての最優先事項は〝初等科での出待ち〟。  非のうちどころのない整った容姿を有しているのに、その凶悪な内面のせいで、チカの同級生たちから『すごくキレイでカッコいいけど、黙ってても笑ってても怖いお兄さん』と評されている宮城壱琉(高三)は、勇んで自邸を出た。  普段は、『だりぃ。めんどくせぇ。勝手にやってろ』の三つのワードで会話を成立させてしまう傍若無人な省エネ主義なのだが、珍しく勇んで。  ただ、朝陽を浴びた秀麗な容貌は生来の仏頂面のため、彼の内心の気合は誰にも気取られない。 「待ってろ、チカ。ぜってー、捕まえる。待ってろ、俺。颯爽と攫った後は離さない。一週間ぶん抱きしめて、スーハーして抱きしめて、抱きしめる」  九歳離れた幼なじみ、秋田正親(まさちか)(小三)への歪んだ愛情のせいで語彙がピンク色に低年齢化したフェロモンボイスが、梅花の香りを孕む朝風に紛れるのみ。
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