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言葉のせい? でも、食べるってどういうこと?
逃げないと、逃げないと、逃げないと。
綾光さんの言葉が頭の中で反響する。これは警告? でも僕はその警告を前に圧倒的な何かに飲み込まれるみたいに微動だに出来なかった。
食べる――また口づけするって、こと?
僕は逃げた方がいいの? そこまで考えてハッと気づいた。
鈴木さんと違う。今日僕は鈴木さんにも口づけされて、やっぱりビックリはしたけど今とは全然違う。僕はあの時、鈴木さんを突き飛ばしていた。なのに、今は……どうして? 綾光さんは僕を助けてくれたから? かっこいいから? 紳士的だから?
理由を並べてみても、これだと思える正解はなかった。
嫌なら、今逃げられる。 逃げればいい。それとも、僕は田辺君が言ってたように綾光さんに抱っこしてもらいたいのかな……。口づけをされてもいいって、思ってるのかな? どうして僕は逃げないんだろう……。
ボーッと考えてるといきなりドアが開く大きな音がした。
「おい! 綾! お前、ハンカチ持ってっただろっ!」
荒々しい足音と声にビックリして目を向けると、同じく三年生らしき生徒が勢いよくドカドカと迫ってきて足を止めた。見上げると、綾光さんがいた。隣にいる綾光さんを見て、もう一回見上げた。
あ、綾光さんが二人いる!?
「ええええええええっっ!?」
嘘みたいな光景に思わず大声を上げてしまった。
「え、……だれ?」
綾光さんと同じ顔の人もギョッとして僕を見下ろした。
……ちがう。
同じ顔だけれど綾光さんとは雰囲気はぜんぜん違う。
荒々しくて野性的な雰囲気。同じ顔なのに目が鋭いというか。綾光さんが王子様なら、こちらは大きな森に君臨する狼に見える。
状況をつかめずにわたわた視線を動かしていると、綾光さんが落ち着いた表情で口を開いた。
「彼は東条院光輝。光輝は僕の双子の弟だよ。こーき、彼は桜園路智尋くん。こーきの探してたハンカチの持ち主さんだよ」
「はぁ?」
狼さんがザザッと後ずさった。目を丸くして僕を凝視する。
「……マジで?」
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