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光輝さんの驚きように僕もつられて心臓が飛び上がった。バクバクバクバク音を立てる。目まぐるしい状況の変化に追いつけない。
だって、さっき綾光さんとあんなことしてしまったばかりなのに、そこへ綾光さんソックリな弟さんの登場。しかもちょっと怖い。
でも弟さんが僕を探す? パニックに次ぐパニック。でも、紹介されたからにはちゃんと挨拶しないとだよね……。
「あ、あの! は、はじめまして……」
しりつぼみになってしまった挨拶に、綾光さんが教えてくれる。
「智尋君、驚かせてごめんね? 実は、智尋君が入学してすぐに介抱してくれたのは、この光輝なんだ」
「へっ!?」
頭のてっぺんから素っ頓狂な声が飛び出した。後ずさりした弟さんを見て、綾光さんと交互に見た。
え……え、じゃあ、じゃあ、……なんでさっき綾光さんは口づけしてきたの!?
「この野郎……人のものを泥棒したと思ったら、いったいなにやってたんだ!」
光輝さんが怒りながら、綾光さんの首元の服を掴む。今にも殴りかかりそうな雰囲気にハッとした。
「ハンカチの君は! お前が今まで付き合ってきた人種と違うんだよ! 聖域なんだよ!」
「あ、あの、あの……その、乱暴は」
光輝さんの罵声も綾光さんにはちっとも効いてないみたい。
「光輝、そのハンカチの君が怖がってるよ」
光輝さんがハッ! とした表情で綾光さんから手を離した。
殴ったり殴られたりみたいな騒動にならずに済んでホッとしつつ、妙な感じになんで? と疑問がわいた。
いったい、弟さんは何をそんなに怒ってるの?
光輝さんは僕の方を向き腰を少し折り、顔を覗き込んできた。
「変なことされてない?」
「へ……」
変なことって……!
「英会話のレッスンをしていただけだよ。ね? 智尋君」
綾光さんとの口付けを思い出し、どんどん顔が熱くなる。しでかしてしまったことと、そのうしろめたさに襲われ僕はグッと口を結び俯いてしまった。
「綾、智尋君を送るから。話はあとだ」
「おや? せっかく再会できたのに、帰しちゃうの?」
光輝さんは返事をしないで、僕の手を上から掴んだ。
ビックリして顔を上げると、「行くぞ」と低い声で言う。
その声に僕はあたふたと立ち上がった。歩きだす光輝さんを止めるわけでもなく眺めてる綾光さんへ会釈だけして僕も足を動かす。
光輝さんは部屋から僕を連れ出し、廊下をずんずん歩いていった。その間も、エレベーターに乗ってる時も、ずっと手を握ったまま離してくれない。大きな手のひらが僕の手をすっぽり包み込んでしまっている。
会話もないし、気まずい。光輝さん、僕にも怒ってるのかな……。
顔がソックリだからかな。二人は別の人なのに……勝手に口付けしてしまったような気がして、なぜか申し訳なく思えた。
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