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握られた手が焼けるように熱い。
「あ……あの、すみませんでした」
意を決して謝ったけど、光輝さんは前を向いたまま。僕を引っ張って歩くだけ。
やっぱり怒ってる?
エアコンの効いた寮を出た途端、湿った夏の空気に包まれた。
夏が始まる直前の独特な夜の空気。光輝さんの歩みに勢いがなくなり足を止めた。でも、こっちは向いてくれないし。手も離してくれない。どこからかジーッと地面を震わせるような虫の音が聞こえてきた。
「あんたが謝ることじゃない。謝らなきゃいけないのはこっちのほうだ」
こっちを見ない光輝さんの返事は、とてもぶっきらぼうだった。
そして、僕らは黙ったまま、また歩き始める。
光輝さんは一年生の棟まで送ってくれた。
やっと手が解放される。
光輝さんがチラッと僕を見て、目を逸らし小さな声で言った。
「あの……、悪かったよ。驚かせて。ごめん」
「いえ、光輝さんも驚いていたし」
光輝さんはまた僕を見て、数秒黙ってしまった。
たじろぐほど長い間のあと、ボソボソ言う。
「ちひろって名前は覚えてたんだ。でも、半分意識が朦朧としてて、苗字まで記憶になくて……ハンカチ、ありがとう。もう、綾から受け取ったんだよな?」
「あ、はい。あの、元気そうでよかったです」
「部活、体育館でやる部活じゃなかった?」
「今は、えっと一応、英語部です。あの時は友達の部活を見に行っただけだったから。あ、ハンカチ返そうと探してくれてたんですね。ありがとうございます」
「ちがう」
光輝さんはキッパリ言った。
「えっ?」
「返したかったからでも、お礼を言いたかったからでもない」
ぼんやりした外灯の下でも分かるくらい、光輝さんの耳は赤くなっていた。
「……でも、ありがとう。すごく助かった。ほんとに」
「あ、はい」
光輝さんはまた少し沈黙して、おずおずという感じに言った。
「英会話のレッスン……に、俺も混ざっていい?」
「あ、僕は全然かまいませんよ。その方がいい気もするし」
つい口が滑ってしまい、あっと口元へ手がいった。
光輝さんの眉間にシワが寄る。
「やっぱり、あいつに変なことされた?」
僕は慌てて両手を前に出し、首をフルフルと横に振った。
「べつに、なにも」
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