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お誘い
「さくらぁ、なに食べるぅ」
翌日、昼休みになり学食の券売機で並んでいると、ドスッと田辺君が抱きついてきた。
「うん、なんにしようかなぁ~」
田辺君を背中にくっつけたまま、考えていると横に誰かが立った。背の高い人影を見上げると、長い前髪を無造作にかきあげた光輝さんがいた。
「あっ」
「ひっ」
僕の気付きと同時に背後で田辺君が息を飲んだ音がする。
「よぉ。昨日は綾が悪かったな」
昨日とはぜんぜん違う低音でボソッという。かなり不機嫌そうに見える。でも言葉は穏やか。
「こんにちは、昨日はありがとうございました」
光輝さんは握った拳で券売機をトンと叩いた。背後で「か、かつあげ?」と田辺君がしがみついたまま慄いてる。
「横入りかよ。怖い怖い」
もっと背後の人たちがヒソヒソ話してる声も聞こえた。
「なに食うの?」
雑音をまったく気にしてない様子の光輝さんが小首をかしげた。
「あ、あ、うんと。まだ決めてなかったので、光輝さんお先にどうぞ」
「俺は食わない。食欲ないから。なに食う?」
え、食べないの?
有無を言わさぬ光輝さんの迫力に、僕は慌てて返事をした。
「……んじゃあ、オムライス?」
「ん」
光輝さんが拳を開くとオムライスのボタンを押した。
「あとは? 唐揚げ? プリン?」
「あ、や、もう……」
「いいの?」
コクコク頷くと、光輝さんは携帯をかざし電子マネーで払ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
光輝さんは「じゃ」とボソッと言って、券売機から離れ食堂から出ていってしまう。僕だけじゃなく、食堂にいるみんながそれをポカンと見送った。
「さくら! 今のって! 今のって! てかオムライス! え! なになに!」
田辺君がパニックになって僕の体をグラグラ揺すってくる。僕も揺すられながら呆然としてた。
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