294人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
あんなに目をキラキラさせていたのに、田辺君の声は心底残念そうでちょっと可哀そうに思えてくる。
「でも、噂……だよね? もしかしたら誤解かも」
田辺君がはぁとため息をついた。
「桜は世間知らずだから」
その時、携帯が震えた。見ると綾光さんから。
『今日もレッスンするかい? 良かったら七時においでよ』
英会話のレッスン。部活に行けなくなってしまった僕に配慮して綾光さんが部活の代わりにと提案してくれたレッスン。でも、ちょっと怖く思えた。田辺君の話はきっとただの噂話だって思うけど、僕は昨日綾光さんと口づけをしてしまったから……。噂話みたいなことなんてないとは思うけど、ちょっと自信がない。
いやいやいやいや、違うよ。だって、綾光さんは僕を助けてくれたし。助けてくれた人を信じないなんて。もし万が一、昨日みたいになってしまったとしても、嫌なら嫌だって言えばいいし。そしたらきっと綾光さんだってわかってくれる。
そう思いながらも僕は光輝さんも一緒にとメッセージを打ち込んでいた。
『あの、光輝さんも、レッスンに参加したいって言ってました』
『光輝も英語はペラペラだからね。三人でやろうよ』
ちょっとドキドキしていたけど、すんなり返信がきてホッとする。
『はい。じゃあ、誘ってもらえますか?』
『オッケー。じゃあ七時でいい?』
『はい。伺いますね』
田辺君と一緒に一階へ下りて、夕飯を済ませる。
「今日もまた勉強? 頑張ってるねー」
田辺君は宿題を済ませてもう勉強は終わりらしい。田辺君もどう? って誘いかけてやめた。きっと誤解だけど、田辺君は光輝さんを避けろって言っていたし。お昼の時だったらきっと喜んでくれたと思うけど。
「部活もやめちゃったしね」
「そっかぁ。いってら~」
田辺君と別れて、三年生の寮へ向かう。もう場所はわかってるし、一回入っているんだけど、やっぱり恐縮してしまう。
「智尋?」
寮を見上げていると、背後から声がした。振り向くと光輝さんが立ってた。上下黒色のジャージで首からタオルをかけてる。ランニング途中だったのか、額にうっすら汗が見えた。
「あ、光輝さん。ちょうどよかった。一緒に行きましょう」
「どこへ?」
キョトンとしてる。
「どこって、英会話のレッスンですよ。七時から。綾光さんから連絡きてません?」
「はぁ?」
光輝さんの顔が険悪になって、眉間に深いシワができた。
優しい人だってわかっているのに身がすくむ。
最初のコメントを投稿しよう!