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「あいつ……あとでぶん殴る」
「え、どうして……あ、聞いてなかったですか? メール届かなかったのかな?」
光輝さんはタオルで顔を拭うと、気を静めるようにため息を吐いた。
「智尋、智尋も綾が好きなの?」
「へ、あ、えっと……」
「言いたくないなら、言わなくていいよ」
吐き捨てるように言って、背中を向ける。突き刺さるような言葉に動けなくなった。走って行ってしまうと思ったら、光輝さんの足が止まった。クルリと振り向いて悲しそうに微笑む。
「ちょっと歩かない?」
「……はい」
光輝さんは両手をジャージのポケットに突っ込み、ゆっくり歩いた。
「英会話だっけ? 英語、話せるようになりたいの?」
「はい。話せるようにっていうか、学校で習うようなマニュアルにのった英語じゃなくて、いろんなニュアンスの言葉や表現を勉強したくて。光輝さんも英語がお得意なんですよね? 綾光さんから聞きました」
「そうなんだ。あっちに一年間住んでたこともあるし、アメリカ人の家庭教師と毎日会話してたから、ネイティブな英語は多少話せると思うよ」
「そうなんですね。いいなぁ」
「俺で良ければ協力するよ。あいつが本気で英会話を教える気があるのかわからないし」
「ありがとうございます。でも、綾光さんも三人でやろうって言ってくださいましたよ」
「三人ね……」
ボソッとつぶやき、光輝さんは俯いた。
足元の石ころをカツンと蹴る。
僕よりずっと大人っぽいのに、光輝さんの横顔は拗ねた子供のように見えた。
「光輝さん?」
「ルール違反……怖い?」
「え?」
「たまに息が詰まるんだ。息が詰まって、窒息しそうな気分になる」
光輝さんについて歩いてたら、寮の裏側の自転車置き場に着いていた。光輝さんがポケットから鍵を取り出す。
「うしろ乗れよ」
チェーンを外し、自転車をまたぐと光輝さんが言った。
「え、でも。七時から……ちょっと待ってもらっていいですか? 待たせちゃったら悪いし、綾光さんに連絡しますね」
手に取った携帯を光輝さんがパッと取り上げた。
「あっ!」
僕の携帯をポケットに入れてしまう。
「七時過ぎても現れなきゃ察するよ。そういうやつだから」
ほんとうにいいのかな?
そう思いながら光輝さんのうしろにまたがった。光輝さんが自転車を漕ぎ、一瞬グッと体がうしろに引っ張られる。
「つかまってろ」
「はい」
光輝さんの服をギュッと掴む。グングンと前に進む自転車。
自転車の二人乗りなんて始めてだ。自転車は自転車置き場の前をぐるりと回って寮の方へ戻り、三つの建物を通り抜け、なだらかな下り坂を下りていった。
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