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僕たちを乗せた自転車は学校の敷地から出ていく。振り返れば、外灯にボウと照らされた一年の寮がこっちを見ているみたい。僕は光輝さんの服をキュッと掴み、大きめの声で尋ねた。
「どこに行くんですか?」
「どこにもー」
どこにもって、許可なしでこんなに暗くなって敷地外に出たらダメなんじゃないのかな?
学校は小高い山のてっぺんにある。校外に出た途端、草木の匂いを感じた。空気はすっかり夏の気配。頭上にはチラチラと星も瞬いてる。ふたりの重みで加速する自転車。通り抜ける風は涼しいくらいだ。
下り坂をしばらく行くと、住宅街がある。
光輝さんは自転車を減速させ慣れた様子で住宅街に入っていった。スピードが更に落ちる。ウワンワンとどこかで吠える声がした。
「あいつはいつも鳴くんだよ。いちど散歩中に出くわしたけど、頭の良さそうなでっかいヤツだった」
「いつもって、光輝さんよく抜け出してるんですか?」
「日課だよ。ランニングしたあとは、自転車で町内をパトロール……って不審者に間違われるって?」
自分で言って笑ってる。
「お、いたいた」
自転車が止まった。
白い塀の上に、キジトラの猫が座っていてこっちを見てる。
「わぁ、猫だ」
「あいつはここら辺が縄張りなんだよ。いつもこうやってよそ者がいないか、それこそパトロールしてる」
光輝さんは自転車を少しすすめ、猫に近づいた。
猫はうーんと伸びをして、光輝さんの方へ歩いてくる。尻尾がピーンとまっすぐに立っていて、光輝さんが来たことを喜んでいるみたい。
「よお。こいつは智尋。悪いやつじゃないから。よろしくな」
光輝さんは猫へ話しかけ、ポケットからキャットフードを取り出した。ブロックの上に三粒乗せると、猫はクンクン匂いを嗅いで、キャットフードをカリカリ食べた。よく見ると赤い首輪をしている。どこかの家の飼い猫なんだ。
「よろしくお願いします」
紹介されたからにはやっぱり挨拶をするべきなんだろうなと思って、僕も猫にちょこと会釈して話しかけた。猫は僕をチラッと見て、塀から音もなく降りた。まず自転車のタイヤに頭を擦りつけ、それから光輝さんの膝頭に頭をゴリゴリとけっこうな勢いで擦りつける。
「すごーい、かわいいですね」
「頭いいやつだから、人間の言葉がほぼわかってんだよ」
「へぇ~」
感心してると今度は僕の膝に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅ぎだした。新参者をチェックしてるみたい。僕はちょっと緊張しながら、チェックが終わるのを待った。猫はチェックが終わると、僕の膝頭に頭を擦りつけた。ゴロゴロゴロと喉を鳴らす音も聞こえる。
「うわぁ~、撫でてもいいですかね?」
「人差し指をそっと近づけてみ。勝手に顔寄せるから」
光輝さんが教えてくれた通りに人差し指をそっと猫に差し出してみた。猫は指先をまたクンクン嗅ぎ、頭突きする勢いで額を擦りつけ、気持ちよさそうに目を閉じる。
「かわいい~」
目の前の愛らしい生き物に僕はメロメロになってしまった。いつまででも眺めていられそうだ。
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