294人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
「あ、でも。綾光さんには悪いことしちゃいましたね」
光輝さんの楽しそうな表情が、スッと無表情に変わった。
学校の敷地へ入ると、光輝さんはジャージのポケットから僕の携帯を取り出し「ほい」と寄越した。
「俺に邪魔されたって言っておけばいいよ」
光輝さんはすぐに悪者になろうとする。本当は優しい人なのに。
やっぱり田辺君から聞いた光輝さんの噂話、僕はどれも信じられない。
「だから、言いませんてば。理由はどうあれ、約束を破ってしまったのは僕なんですから」
「付き合ってくれてありがとう。おやすみ」
光輝さんは足を止め、顎で一年の棟を指した。
「お散歩、また誘ってくださいね。あ、アドレス。光輝さんとはまだ交換してなかったですよね。お願いします」
携帯を差し出すと、光輝さんがプイと横向く。
「無理しなくていいって」
「無理って?」
「社交辞令は嫌いなんだよ」
「社交辞令なんてしてないですけど」
「また、会えたら。その時でいいよ」
なんで社交辞令なんて言うんだろう。僕が綾光さんの名前を出しちゃったから?
「え……会えなかった……ら?」
「縁がなかったってこと」
光輝さんは自転車に跨ると、ひとこぎで離れた。
「おやすみ~」
背中を向けたまま軽い口調で言う。
でも、僕は「おやすみなさい」と言えなかった。ただ、光輝さんが自転車で去っていくのを見送った。
最初のコメントを投稿しよう!