294人が本棚に入れています
本棚に追加
追いついた田辺君が肩に肩をぶつける。
「大きい声出しすぎだよ」
「ごめんごめん。あんまり驚いちゃって!」
軽く謝罪する田辺君が「でもさ!」と目を輝かせた。
「先輩から変な噂聞いて、ビビってたけど、そんな感じじゃなかったよ。本当に桜のこと心配してたし。誠実な人に見えた」
「うん。僕もそう思う。みんな光輝さんの不器用な面を勘違いしてるだけなんじゃないかな? って」
「怖い雰囲気あるもんね。でも、ナイトだった。桜を守るナイト! ちょっとときめいちゃったもん」
「ダメだよ! ダメ! 田辺君は綾光さんでしょ!?」
「あーっ! ヤキモチ? うんうん。取らないよ~。どう見ても両思いみたいだしぃ」
「あ、や、うっ、んと……そういうことじゃなくって」
あー、うー、確かに今のは完全にヤキモチっぽい。なんで僕ってポンポン勢い任せにしゃべっちゃうんだろう。
「なくって?」
突然、背後から低い声が横入りしてきた。
ギョッとして振り向くと光輝さんが立ってる。
「こっ!」
一緒に振り向いた田辺君がまた「はぁぁぁぁ!」と大きく息を吸う。
「えっ! いつから? って、あ、朝は保健室に連れてってくれて、あ、あ、アリガトウゴザイマシタ」
変な汗がびゃーっと出てくる。
「保健室へ行ったらベッドが空だったから。よかった。ずいぶん顔色が良くなったね」
「ずっとっ! 寝てたから」
「うんうん。ごめんな?」
光輝さんは眉を下げ、僕の頭の上に手のひらをポンと乗せた。
あ……。
優しい重みとじんわりと温もりを感じる。気持ちいい感覚が体の中でゆっくりと広がっていく。そろりと光輝さんを見上げた。
「光輝さんは謝らなくていいです。僕の方こそお世話かけてしまって」
「食事は? なにか食べた?」
心配する光輝さんへ田辺君が言った。
「なんか、胸がいっぱいみたいで、うどんを半分しか食べられませんでした! ね?」
「ちょっと、田辺君!」
ニヤニヤしてこっちを見る田辺君。もう、要らないことばっかり言って! その顔やめてよ!
「そっか。半分でも食べたのならよかった。もう授業出られそう?」
「あ、はい。大丈夫です」
やっぱり、光輝さんは優しいし紳士的だよ。
「それならよかった。あんまり無理しないように。辛かったら連絡して?」
光輝さんはそう言って、こそっと携帯を取り出した。田辺君が僕を結構な勢いで肘で小突いてきた。なにかと思ったら視線と表情でホレホレと促してる。
あっ! アドレス!
慌てて携帯を出し「お願いします」と光輝さんとアドレスを交換した。なんだか、妙にドキドキする。昨日は自分から平気で交換を申し出たのに。携帯の中の光輝さんの名前を確認して胸に抱え顔を上げた。
「ありがとうございます」
「遠慮しないでいつでも呼んでね? すぐに駆けつけるから」
光輝さんは冗談みたいなことを真面目な表情で言って「じゃね」と去って行く。
「ひょ、ひょおおおおお! なにそれっ! カッコイイっ! いやん! 素敵やん!」
田辺君が大興奮でまたおかしな口調になってる。でも、僕はちょっと感動してて、それどころじゃなかった。
「うん。かっこいい」
田辺君の言っていた抱っこして欲しいって気持ち、ちょっとわかった気がした。
最初のコメントを投稿しよう!