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◇ ◇ ◇
「付き合ってくれてありがと」
寮の前で光輝さんが微笑む。
「また誘ってくださいね!」
「うん。じゃあね。おやすみ」
光輝さんは手を上げてもその場を動かない。やっぱりちゃんと僕が中へ入るまで見守っていてくれる。いつもだ。中に入って、大きく手を振る。光輝さんはまた手を上げて、三年の寮の方へ歩いていった。
部屋に戻ると田辺君が目をキラキラさせて振り返った。
「おかえり!」
「ただいまー」
「どうだった? チューした?」
「してない」
「あら~。まだプラトニック? 純愛だねぇ」
ニヤニヤしていつもからかってくる。
田辺君は口づけのことをチューっていう。キスという言葉の方が一般的らしいけど。僕はその辺の知識はどうやら疎いってことを最近知った。
お姉さん達と年が十個も離れてるし、一人っ子状態だったからかな? 周りにそういった話題をする人がいなかった。今までの友達ともそんな話したことがなかったし。こうやってあっけらかんと教えてくれるのは田辺君ぐらいだ。
「おもしろがんないでよ」
「もうさ、桜からいっちゃったら? ガバッと抱きつくんだよ」
「抱きついてどうすんのさ」
「抱きついたら、さすがに光輝さんもスイッチ入って、チューになるんじゃない?」
僕が抱き着いたら、口づけしたくなるのかな?
好きだって告白してくれたから、なるのかもしれない。でも、僕は? 光輝さんと口づけしたいのかな? もちろん絶対したくないとは思わない。でも、したくてたまらないわけでもないのに、けしかけるようなことするのはよくないんじゃないかな。
「田辺君はやっぱりチューとかしたいと思うの?」
「そりゃ好きならしたいでしょ? 当然じゃん」
「なんで?」
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