口づけの意味

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 光輝さんが頷く。 「綾は世界的に有名なメンタリストから講習を受け、相手の意思を操る方法を習得してるんだよ。部屋の雰囲気、照明の強さ、声のトーン、話し方のリズム、効果的なスキンシップ方法」 「め、メンタリスト!?」 「怖いだろ? 男も女も関係ない。相手は綾に心酔して、知らない間に綾のいいようにされてしまう。それで俺に言うんだ。あの子は光輝を好きだと言ってたけど、大したことなかったよって」 「すごい……」  よっぽど綾光さんは光輝さんを大事に思っているんだろうな……すごく乱暴だけど。 「綾は言うんだよ。催眠術はかかりたいやつがかかるんだよって。心の中に、俺じゃなくても、綾でもいい。どっちでも付き合えるならって気持ちが少しでもあれば、その隙間に誘惑は忍び込むんだって」 「はぁ、なるほどお」  綾光さんの理論にふむふむ頷き感心していると、光輝さんが僕をまっすぐに見た。 「……かからなかったのは、智尋が初めてだ」 「そうなんですか? あ……」  心なしか光輝さんの頬が赤いように見えて、呑気な気分が一気に吹き飛んでしまう。僕までドキドキしてきて、逃げるように視線を落とした。でも、光輝さんの手が頬に触れ、顎を持ち上げられてしまう。  光輝さんの目は綾光さんとも違う、深く澄んだ不思議な色をしていた。催眠術をかけなくても、その独特の眼光にボウとしてしまう。 「俺は、綾とは違う。自信もない。口下手で、不器用で、無愛想で、一緒にいても相手を楽しませることもできない。ただの意地っ張りなんだ」  静かに話す光輝さんに魅せられたまま、僕はわずかに首を横に振った。だって、僕は光輝さんといてすごく楽しかったから。 「そんな自分に嫌気がさして、だから、誰とも関わらないようにしてた。悪い噂も流れて、ますます孤立した。それもいいと思ってた。もちろん寂しい気持ちもあった。孤独を感じて、どうしても眠れない時は酒の力を借りた。飲んだって頭が痛くなるだけなんだけど……眠れはするから」  そうだったんだ……だから……。
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