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「そう? ありがとう。ちひろは? どんな字なの?」
「僕は知るに日の智と尋ねるの尋です」
「へぇ。可愛い音だけど、聡明な名前だね」
「僕のは名前負けしちゃってますけど、綾光さんはすごくピッタリですね」
僕らは妙な自己紹介をしながら歩いた。
なんだか不思議な出会い。
綾光さんは校舎を出て、結局寮の入口までついてきてくれた。
「ねぇ、智尋君。英語を話せるようになりたいの?」
「え?」
「部活、英語部だったでしょ?」
「あ、はい」
「じゃあ、英会話教えてあげるよ」
「いいんですか?」
思いがけない綾光さんの提案にビックリした。
「英語部にいるよりは確実に話せるようになると思うよ」
「お得意なんですね。嬉しいです」
「まあね。生きた英語を教えてあげるよ」
「あ、じゃあお願いします」
「まかせて。だからさ、もう部活、行かなくていいんじゃない?」
「あ……」
そうか、これは僕が鈴木さんと会わなくて済むための提案なんだ。確かにあんなことがあって、今後鈴木さんと普通に接するのは難しそう。
綾光さんて、なんて心配りができる素敵な人なんだろう。きっと入学式の日は体調が優れなかったんですね。なのに、僕は勝手に一人で拗ねてしまった。謝りたいけど、きっと綾光さんは覚えていないよね。
僕は心の中で綾光さんに「冷たい人だと思ってごめんなさい」と謝り、代わりに目の前の綾光さんにお礼を言った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。これでおあいこだね」
「おあいこ?」
「はい。これ、ありがとう」
綾光さんはポケットから青いハンカチを取り出し、僕へ差し出した。
見覚えのあるハンカチ。隅っこにイルカの刺繍がある。
これは……、僕のだ。
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