助けてくれた人

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 田辺君がツバを飛ばして喚く。その苗字に血の気が引いた。  三年にめちゃくちゃ頭が良くて先生も一目置いちゃうような先輩がいるという噂は聞いたことがある。東条院という人で、先祖は公家の出だとか、とにかく由緒正しき家柄の人で、実家は超がつくお金持ち。親戚には芸能人や政治家もいるとかいないとか。 「さっき、一緒に歩いてたって……綾光(あやみ)さんが東条院さん!?」 「そおおおおだよぉ! とーじょーいん、あ、や、み様だろおおおおお! さんじゃねーよ! さまっ!」 「あ……うん。サマ……」  心優しい田辺君がこんな激しく大声出すなんて初めて聞いた。揺すぶられたせいか、大声のせいか、頭がチカチカする。  田辺君は頬をピンクに染め、目をキラキラ輝かせた。 「んで、なんで? どういう繋がり? あ、(さくら)も実はすんごい家柄なの? 金持ちなのは知ってたけど! すごい苗字だもんな!」  僕の名前は桜園路(おうえんじ)だけど、田辺君はめんどくさいのか頭文字だけとって勝手に読みまで変えて僕をサクラと呼んでる。  確かにひいおじいさまがその昔、政界の重鎮だったと聞いたことがあるけど、東条院家との繋がりは耳にしたことがない。というか、田辺君はお父さんが製薬会社の社長やっていて、テレビでもゴールデンタイムには必ず田辺製薬のコマーシャルが流れるとクラスの子が話していた。そんなすごい起業家の長男坊の田辺君に言われたくない。 「ううん。公家とかそんなのじゃないよ。綾光さ……マとは、さっきちょっと……偶然、そう、偶然」  助けてもらったと言いかけたのを寸前で誤魔化した。鈴木さんに襲われたなんて、言いたくない。きっと田辺君は面白がって根掘り葉掘り質問してくるだろうし。 「偶然なに? 偶然どしたの?」 「偶然会ってお話ししただけ」 「えー? どうやって? どうやって偶然会ったの?」 「えっと、えっと、あ! 綾光さんの目の前で、その転んじゃって……」 「わぁ! なるほどぉ! サッと助けてくれたんだ!」 「う、うん。そう」 「そっかぁ。桜らしいな。でも、なるほどな。そういう手があったなぁ。あー、それやればよかった!」 「え、ええ?」  力なく笑って誤魔化し、そのままお風呂に逃げ込んだ。  嘘ついちゃったよ。田辺君、ごめんね。    わずかな焦りと後悔。 僕は熱いシャワーを被って、そのモヤモヤを流した。そっと部屋を覗き、ベッドの上で携帯を見てる田辺君へ「おやすみぃ」と挨拶して間仕切りのカーテンを引きベッドに潜った。 「……ふぅ」  今日はいろんなことが起こった。友達に嘘をついて誤魔化してしまったし。鈴木さんのこともビックリだったけど、なにより綾光さんとの出会いのほうが衝撃的だったのか僕の頭を占領してる。  本当に綺麗な人だった。完璧という言葉がぴったり。  田辺君じゃないけど、あんな人が現実世界にいるんだなぁ……。  入学式の時とはイメージが全然違ってたけど、人って見かけだけじゃわからないもんなんだね。  目を閉じながら、綾光さんの笑顔を思い出していた。
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