第1章 憧れの地

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——と、いうことがあって。  桐島さんの、ある種療養のような静養のようなことと息抜きとを兼ねて、僕らはここ、イタリアは水の都ヴェネツィアへと赴いている。  真面目で誠実で、且つ完全的な記憶まで持ち合わせている桐島さんのような人には、自分の覚えていないことというのは大きな存在であることだろう。  そうそう直ぐには思い出せそうにない雰囲気もあるだけに、あまりそれについてばかり触れる訳にもいかない。  とりあえずの目標は、ゆったりと、文字通りの息抜きをすることだ。  サン・マルコ広場。  世界で最も美しい広場と称されるものだけれど、実際にこの目で見た今、その程度のものではなかった。  美しい、という言葉には収まりきらない程の存在感は、写真で見た時の興奮を優に超えた感動を与えて止まらない。ただ眺めているだけでこれだけの夢見心地を味わえようとは、思いもよらなかったことだ。
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