第1章 憧れの地

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第1章 憧れの地

「それは僕が借りる予定だった」 「私がこれから藍子さんに許可を貰いに行くの」  と、僕と葵が口論を繰り広げるここは、記憶堂入り口右手にある、海外観光地物ばかりを集めた部屋のとある棚の前だ。  今日の葵は、いつもは二つのヘアゴムが一つ見つからず、また新しい一つハーフアップスタイルでの登場。  色々と漁っている内に見つけた”ヴェネツィアの歴史”なる本に手を伸ばした時、遊びに来ていた葵の手と偶然重なり――今、どちらがそれを桐島さんのところへ持っていくかで言い合っていた。  大学より少し遅れて夏休みに入った高校生たる葵も、海外旅行が決まってからというもの足繁くここに通い、本を見ては目を輝かせている。  私もここでバイトしようかな。藍子さん雇ってくれないかな。と呟くこともある始末。  桐島さんの採用条件で言えば、葵はまず間違いなく雇ってもらえることだろう。だろうが、いくら心があろうと、マイペース極まりない葵に、人と接するに足る行動が取れるかどうかと問われれば、それはまた別問題である気がしてならない。  出立を数日後に控えた今日、桐島さんは荷物を纏めに上の自室に籠りっきり。  たまにドンと音がするのは、重い物でも運んでいるのだろう。  であれば、男として手伝いに行くのが道理なのだろうが――何だろう。今退けば、何かに負けそうな予感がある。 「藍子さん、困ってるんじゃない?」 「生憎僕は田舎者なもんで。慣れない機械にでも触って誤作動を起こしたら――って、寧ろ気を遣っている方だよ。それより、葵が行った方が早いと思うな。猫みたいに俊敏に動けそうじゃないか」 「イジワル言うまことは嫌い。こんな都会で木登り出来る人なんて、田舎者のまことくらい」 「言ってくれるじゃないか。なら君は都会っ子らしく――っと、電話だ」 「わわっ…!」  ふとポケットの中でスマホが鳴ったのに気付き、両端を掴みあっていた本を離すと、葵は引っ張る力に負けて後方へ。尻もちをついて静止した。  向けられるのは、それはそれは猫のように鋭い眼光。  片手を顔の前に持ってきて軽く謝って、僕はスマホに向き直った。
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