第1章 憧れの地

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 表示されていたのは”高宮遥”の文字。  通話ボタンをタップして出ると、 『おー神前、また葵のやつが邪魔してるみたいだな』  邪魔というか、ここは僕の家ではないんですけれど。  ともあれ、桐島さんにも迷惑そうな素振りは一つも見受けられないので、全然そんなことはと勝手に否定しておいた。  要件を聞けば、今度の海外出立に関することだった。  荷物は既に全てまとめてあって、もうあとは飛行機に乗り込むだけなのだと言う。  ちゃんと片付けてから遊びに来ているとは感心。そう褒めてみるや、洋服意外の面倒事は全部、遥さんに押し付けてここに通っているのだとか。  ちょっと見直した空気、返して。  やれることは自分でやるという条件で親から許しを得たという話だったが―― 「葵?」 「し、知らない……」 「僕の目を見てみな?」 「し……知りません…」  あくまでしらばっくれる葵。  通話向こうでは、遥さんが『仲良いな』と笑っている。  そうやって笑って流せるところ、遥さんって凄くいい人だと思う。  まったく、兄も大変だ。  準備はアレだが、身の回りのことは家事含め一通り何でも出来るから、と遥さんは最後にそれだけ伝えた。  身の回りのこと、ねえ。  どこか抜けている葵のことだから、何を忘れただの、何を置いて来ただの言い出しそうだ。 『あぁあと、葵は英語大丈夫だから心配すんな』 「分かりました。英語はだいじょう――え?」  英語が大丈夫とは、話せるということだが――葵が?  にわかには信じがたい。と抗議したいところだが、それに対する回答として遥さんが追加で一言。 『英語だけは全国模試一位だった筈だぞ』 「いち……え、一位…!?」  『数学に物理に化学とかは苦手そのもの、ケツから数えて近いくらいだったが、文系の国語と英語に関しちゃ、それぞれ五位と一位だ。だから心配すんな』 「心配って……」  もはや、別のところにあった。  いや、寧ろ増えた。  桐島さんも一通りの日常会話レベルには話せるということだから、僕は唯一の役に立たない人だということで……複雑もいいところだ。  それを伝えたかったのだと言ってから通話を切った遥さん。  ツー、ツーという無機質な音が、まるで今の空っぽな心境を表しているかのように響いた。
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