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序章
「到着しました、ヴェネツィアです!」
声高らかに両手を掲げ、天を仰いで胸いっぱいに異国の空気を吸い込みながら、桐島さんが言い放つ。
倣ってスーハーと繰り返す葵も置いて、僕はただ、冷静にその風景を眺めた。
行き交う人々、肌に触れる空気の温度、日差しの強さ、どれをとっても日本とは明らかに異なる、遠く離れた手の届かないと思っていた場所に――今、こうして足をつけている。
不思議だ。
ただただ、不思議だ。
眠っていた時間を抜くと、わずか二時間と少しでここに辿り着けるとは。
「桐島さん…」
「はい、何でしょう?」
「何と言うか……感謝しかありません。大好きです」
「あらあら。それはヴェネツィアの街並みに対する感想でしょうか?」
「え…!? あ、いや、それはその……」
「ふふ。冗談ですよ」
と笑う顔は、いつもの悪戯顔。
と、僕と隣で未だ空気を吸って吐いてを繰り返している葵の手を同時に取ると、
「行きましょう。ヴァポレットに乗り遅れてしまいますよ」
「え、あ、はい…!」
サンタルチア駅広場を抜けた先すぐのところにある、水上バス”ヴァポレット”の乗り場を目指し、ぐんぐん手を引いて歩く桐島さん。
一番はしゃいでいるのは、一体どこの誰やら。
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