序章

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序章

それは色濃い闇に覆われた、夜の世界での出来事。 真っ暗な闇は、海と空との境界線を見通せなくしていた。港に停泊した船もまた、闇に溶け込んでいる様だった。 積荷が運び出される・・・今や積荷という表現がぴったりな物。但し、僅か前までは別の呼び名が正しかった物。布に包まれた二つの細長い塊を、船員達は港に隣接した倉庫へと運び入れた。細心の注意を払い、丁寧に。 出迎えに立った女性は厳しい表情を浮かべている。 最小の灯りに留めた薄暗い倉庫の中で、彼女の着ている白衣だけが真白く光を放つ様だった。 「遺体をご確認下さい」 そう促され、そっと布を捲る。流れだした鮮血が、塊の正体を教えていた。 無言のまま、彼女は一つ目の塊から離れもう一つの前で膝まづく。同じように布の下へと目を向けた。誰の目にも、絶命した姿としか映らないであろう相手を見つめ続けた。 僅かな違和感、それは彼女を見つめ返す瞳の中にあったらしい。 布の中に飛び込む様にして、彼女は遺体の胸に耳を当てた。胸からは鮮血が溢れている。彼女は顔も白衣も真っ赤に染められた。だがそんな事に構っていられない。 再び顔を上げた時、一層厳しい表情で先程促した男性を睨みつけた。 「誰が『遺体』ですって?」 船員姿の男性は狼狽して、何か言い訳じみた事を口走っていた。だがそれには一切取り合わない。それどころでは無い、彼女は更に何かを見つけていた。 『遺体』と称した相手の、その腹部へと手を伸ばして・・・らしからぬ震えた声を漏らす。 「これは・・・奇蹟なの?」 彼女の瞳は輝いていた。手に伝わる微かな振動に心が震えていた。 じっと、息さえつかぬ相手へと視線を向ける。それまでとは打って変わった、柔らかい表情を浮かべていた。 「そう、これを伝えたかったのね。命の全てで、護ってきたのね」 彼女は素早く指示をして、『遺体』と称された積荷を・・・『母親』を救命センターへと向かわせる。 自らも処置の為に赴く必要がある。倉庫から踏み出すと、外に彼女をガードする役目の大男が待機していた。彼の前を、彼女はさっさと歩き出す。血に塗れた顔を拭おうともせずに、真っ直ぐに前をみつめて。 言葉は無くとも感じる処はあった。その顔を見るだけで、彼女の強い信念は自ずと知れるのであった。 大男も黙って、倉庫前に駐車した車へと彼女を誘導する。 「こんなに命の大切さを思い知らされるなんて」 座席に着いて初めて彼女が口を開いた。彼に話しかけるでも無く、独り言の様な調子で呟く言葉。 「必ず想いに応えましょう。命を繋いでみせる・・・たとえ」 走り出す車は、一層深い夜の闇へ溶け込んでゆく。彼女の呟きもまた、闇の中へと響いてゆく。 「たとえそれが、人の道に外れる行いであっても」
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