スマホで解決できる浦島太郎

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スマホで解決できる浦島太郎

そこそこ田舎の海沿いの町に、浦島太郎という漁師がいました。 釣竿のみで生計を立てることに不安のあった太郎は漁船を買うために細々と貯金をしていましたが、約三年使用したスマートフォンの充電が減りやすくなっていることが不満でした。 太郎は貯金を崩し、最新のXperia5Ⅱ SO-52Aに機種変更しました。 新しいスマホに浮き足立ち、散歩中に待ち受け画面を変更していたある日のこと、太郎は海辺で小学生に囲まれる亀を見つけました。 「なにしてんの?」 「あ……」 太郎は地元から出ていません。友人は数人残っていますが、全員もれなく結婚し所帯を持っています。気軽に飲みに行くほど仲の良い友人はおりません。 小学生は全員太郎の後輩にあたりますし、同級生の息子か娘の友人たちでしょう。太郎はなにも考えずに声をかけました。 「なにしてんだよ」 「なんでもないです」 複数人いた小学生たちは、蜘蛛の子を散らすように走り去って行きました。 「んだよ」 太郎が足元を見ると、亀が一匹仰向けにひっくり返っていました。 小学生たちは亀に一度も触れていませんでした。馴染みがなく、怖くて触ることができなかったのでしょう。 太郎は甲羅に指をかけてひょいとひっくり返しました。バタついた手足は地に足がつき、無表情な亀も安心したように見えました。 「気をつけろよ」 ヤンキーが雨の日に犬を拾っている姿と同じように、地元で大きな顔をしている太郎でも、少しはまともに見える瞬間でした。 亀はペコリと頭を下げると、ゆっくりと海辺に向かっていきます。小さな小さな一歩をペタリペタリと進めていくのを、太郎はじっと見つめています。 なにか少しでもこうして地道な努力をしていたら、俺も今頃YouTubeなどで特技を披露できる何者かになれていたのだろうか。そんなことを考えているのでしょうか。 亀はやがて海水に足を浸しました。するとどうでしょう。水で膨らむスポンジの玩具のように、大きく膨らんでいきます。 「……ッ!?」 太郎は言葉も出ません。亀はそのまま大きくなり続け、太郎の目の前でゴーカートほどの大きさに変貌を遂げました。 太郎は慌ててスマホのカメラを起動し写真を撮りました。ですが誰かに送ろうと思っても、近頃連絡を取っていない友人の顔がいくつか浮かんだのみ。SNSで拡散だ、と思いましたが、フォロワーの少ないTwitterのアカウントに載せたところで、RT数は稼げませんでした。 ーー太郎さん、お乗りなさい。 太郎は言われるがままに亀の背中に乗りました。 不安は買ったばかりのスマホですが、Xperia5Ⅱ SO-52Aの防水性能はIPX5/8に対応しています。 IPXの表記は9段階です。数字が大きいほど防水性能に優れています。Xperia5Ⅱ SO-52Aのように5/8と併記されているものは、複数の項目に合格しているという意味を持ちます。 IPX5は内径6.3mmの注水ノズルを使用し、約3mの距離から1分あたり12.5リットルの水を最低3分間注水する条件で、あらゆる方向から噴流を当てても通信機器としての機能を有することを意味します。 IPX8は常温で水道水の水深1.5mのところに携帯電話を沈め、約30分間放置後に取り出したときに通信機器としての機能を有することを意味します。 これらの情報は各社HPに記載されている情報ですが、太郎にはそれを読んだ記憶はありません。携帯電話ショップの店員に「防水性能いいですよ!」と言われて購入しました。 太郎はなんとなく大丈夫だろうと思いました。 *** 太郎は水中で呼吸できることを不思議に思いました。せっかくなのでスマホで海中の素晴らしい景色をいくつか撮影しつつ、亀に海中深くまで連れていかれました。 もしも太郎が漁船を持っていたら、数分でたどり着ける距離でしょうか。亀のスピードに任せ、かなりの時間を費やしましたが、やがて海底にたどり着きます。 そこには光り輝く竜宮城がありました。 「亀を助けてくださってありがとうございます。存分に楽しんでくださいませ」 乙姫様がそう言って迎えてくれました。ご馳走が振る舞われ、金銀に輝く建物や食器、海中生活にも関わらず美しく保たれた乙姫様の着物の華やかさ。それはそれは素晴らしいものでした。 ですが太郎は、頭上に集まっている鯛や平目にばかり目を奪われていました。 ここが竜宮城だから、たくさんの魚が集まってくるのでしょう。魚群レーダーで見つけられない、不思議な理由があるのかもしれません。広い広い海です。単純に誰にも見つかっていないのかもしれません。 太郎はGoogleマップを開きました。現在地をお気に入りに登録して、帰りたいと言いました。 乙姫様は驚きましたが、太郎がそう言うのなら仕方がありません。亀の背に乗せて、家に帰してくれました。 *** 太郎は漁船を買うために再び貯金を始めました。Xperia5Ⅱ SO-52Aはしばらく使い続けると後続の機種が出て段々と性能が古く感じられました。Googleマップの位置情報はスマホを変えてもなくなることはありません。ですが太郎は節約のためにXperia5Ⅱ SO-52Aを使い続けました。 いつか漁船を買ったら、位置情報を使って竜宮城の上でたくさん釣りができます。その日を待ちわびて、太郎は楽しそうに過ごすようになりました。 太郎が魚を釣って売りに行く家は、足が悪くスーパーへ買い物に行くのも億劫な老人たちの家でした。 釣りたての鮮魚は好評で、大きな鯛が釣れると大喜びです。それが太郎は好きでした。好きだったことに気づきました。 老婦人は太郎の釣った大きな鯛を買いました。夕飯に刺身にして出すと、家族は大喜びでした。あの日ひっくり返った亀のそばに居た小学生の孫も、美味しいと言ってたくさん食べました。 あの人、釣りが上手でね。いつも釣れたお魚を売りに来てくれてとっても助かっているのよ。 少し前にスマホを変えたみたいでね、それからなんだか優しい顔つきになったの。 海の写真を撮ってるって言うんだけど、なかなか見せてくれないの。まるで玉手箱みたいよね。 〈了〉
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