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昔から、月の中に生えている丈の高い伝説上の木は桂だと、後藤祐司は常づね聞かされていた。
――でも、今は柊だと思う。
月に在るという宮殿、広寒宮。
その名に表されるように、広びろと寒ざむしい地にどっしりと根を下ろしているのは絶対に柊だ。
祐司は信じて全く疑わない。
月の桂は本来木犀であり、柊も又モクセイ科だった。
だから人の身と化しても縁続きに、父と子とになっている・・・・・・
温泉街一番の老舗旅館である『銀柊荘』の先代の主の名前は桂一といった。
その一人息子である柊は昨年、桂一の跡を継いだばかりだった。
そこまで思って、祐司は炬燵を挟んだ向かいで突っ伏す岸間柊本人を見た。
その手に桂の舵こそ握っていないがすっかりと舟を漕いで――、つまりはぐっすりと寝入っている。
左の手は、つい先ほどまで傾けていた杯に触れるかふれないかのところで無造作に投げ出されていた。
杯をひっくり返さないようにずらすため。とはまるっきり後付けの理由で、祐司はその手をソロッと握りしめる。
職業上なのだろう。
文字通りよく手入れをされていると祐司は感心し、ほとんどうっとりとした。
硬くはなく、けして柔らか過ぎもしない。
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