第二話 真龍

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 紲御殿(きずなごてん)は宗主以外の男が入ることを禁じられているらしい。  それゆえ篤驥(とくき)とは門の前で別れ、揲は紲御殿の侍女の後に続いて長い廊下を歩いていた。そして彼女は嬉しそうにこう語るのだ。 「私は主が亡くなってから14年もの間この紲御殿で主のいない侍女として全ての雑用を押し付けられていましたから揲様が来られてとても嬉しいのです。  仕えるべき相手がいないのはなかなかに辛いことですから」  彼女の言う通り、ここの女中はみな揲を歓迎しているように見える。 「正確には龍様が昨日までの私たちの主君だったのですが……何しろあのお方はめったにこちらへお渡りにならないので……」 「龍様?」と誰のことかわからずに問うと侍女は少し驚いたように軽く目を見開いた。 「宗主様のことです。ご存じありませんか?あのお方の本当の名は分家のご兄弟以外誰も知らないのですよ」 「夕雩(せきう)という姓があるでしょ?」 「あれは姓ではありません。  あくまで夕雩は『夕雩城(せきうじょう)』つまりはこの城のことを指すのでございます。  でも宗主様のお名前を知らないから民は龍様とか夕雩様とか好き勝手呼んでそれが広まってしまったわけです」 『龍』とは古来より国を治める器とされていた。つまりここ火曛の民はあの夕雩家宗主のことを真龍(しんりゅう)だと信じているのだろうか。  だとしても領主の名を好き勝手呼ぶなんていい加減な話他に聞いたことがない。  それは侍女も同じらしく「おかしな話ですよね」と笑いながら同意を求めてきた。 「それとこの火曛(かくん)では姓を龍様自身が名付けます。  だから姓があるのはこの城に使える上級役人だけ。つまり篤驥様はああ見えてとても偉い方なのですよ」  少し自慢するように彼女は胸をはった。その言葉に揲は少し彼を舐めていたことを反省する。    そんなことをあれこれ考えているうちに侍女は一つの扉の前で立ち止まった。 「ここから先が(せつ)様のお屋敷となります。屋敷の中ではご自由にしていただいて構いませんので」  そう言って彼女は両開きの扉をゆっくりと押した。目の前の景色がだんだんと広がっていく。
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