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夢だとはじめはわからなかった。
むしろ夕雩の城に連れていかれ武官になれ、と言われた今の状況が夢なのではと思うほどにその夢はあたたかい空間で当たり前の日常だった。
兄の満風と共に中庭で剣術を習って、兵法の講義はわけがわからないから先生のふかふかの座布団に針をしかけてそのい悪戯にひっかかるさまを木の上から見て笑う。
そんな揲を困ったように見るあの方——鐐様も何もかもあの頃と同じだった。
鐐は揲のふるさと天梛の領主の嫡男だった。
姓は稀珀、年は揲の3つほど上だったがまだ幼名の鐐と名乗っていた。
稀珀家は父の主だった。
つまり、揲にとって鐐は未来の主君だったのだ。
やわらかい物腰でいつも笑顔を絶やさない彼であったがその反面、野心家という一面も持っていた。
「いつかこの国の全部をわが手におさめたい。そうすれば戦はなくなって民が笑顔で暮らせる」
いつも彼は地図を眺めながらどこか嬉しそうにそう語っていた。
その様子から彼にはすでにそんな世界が見えているのだな、と羨ましく思った。
他の人間は領土をどう広げるかではなく、どう守るかばかりに気をもんでいたからそんな突飛なことを考えもしなかったのだ。
わくわくしていた、彼が思い描く世の中をこの目で見たいと思っていた。
「まずは火曛の夕雩だな」
稀珀家の所領・天梛の南西に広がる大国火曛。
そこを領する夕雩家はここ十数年の間に勢力をのばしてきたいわば成り上がりの者であった。
短い間で夕雩城を中心部に築き、すぐさま火曛を平定。今にもこの天梛を食わんとする勢いである。
あの時の鐐はよく火曛の夕雩をどう平定するか策をめぐらせていた。
「満風お前だったらどう攻める?」
急に名指しをされた揲の兄・満風はうろたえもせず「恐れながら」と地図の傍に膝をすすめる。そして天梛の北西の国——王宮がおかれている絮璆を指さした。
「王宮と手を組むのが得策かと」
「しかし王宮は先の内乱で腐敗している。王座すら空位なんだぞ、なぜ沈みゆく船に我らが乗らねばならんのだ?」
そう一人の男が異議を唱えた。しかし満風は眉ひとつ動かさずにジッと地図を見つめた。
「火曛は実りが良い国ではありません。市中に出回る食料の大半は絮璆、そして我が天梛の由来」
「物の出入りを禁ずるのか」
はい、と満風は頭を垂れた。
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