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夢の中で鐐は浅い川に一人で立っていた。
揲は岸から彼の姿を見つけ「若宗主!」と急いで駆け寄った。
水しぶきをあげながらあわただしく走る揲を彼はクスクスと笑いながら見つめていた。
「若宗主、だいぶ冷えてまいりました。屋敷に帰りましょう」
「何を言っているのかい?屋敷は夕雩に燃やされたじゃないか」
寂しげに鐐は水面を眺めながらつぶやいた。
そうだった、自分は何を言っているのだろう。
「それでは宗主様の元へ行きましょう。屋敷から逃げおおせたはずです」
「父上はおちのびる途中、夕雩の連中につかまって首を斬られた」
ゴクリ、と唾をのんだ。
どうかしている、なぜ忘れていた。他にも忘れていることがなるのか?
やがて鐐が「なあ、揲」と静かに呼びかける。
「どうして俺を選んでくれなかったんだ?」
ハッとして目を見開く。
どういうことですか?——と口にしようとしてやめた。
そして恐る恐る彼の身体に触れてみる。
突然手を触れてきた揲に彼は驚きもせず、いつもの優し気な視線をよこしてきた。
鐐の手は暖かかった。それが意味することを揲は知っている。
これは夢なのだと。
鐐は屋敷を燃やされておちのびる途中、宗主が斬首された知らせを聞き後を追うように自ら命を絶ったと——。
「またな、揲」
だんだんと視界が霧にまかれたように白くなっていく。
「死に急ぐなよ」
最後に彼がそう言うと同時に揲は目をさました。涙がいつの間にやら頬をつたっている。
それを見た真梶が驚いたように背を優しくさすってくれた。
絶対にあなたの仇をとってやります、と揲は泣きながら拳を握りしめて鐐に誓った。
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