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揲を送り届けた後、篤驥が本殿に戻ると『龍』は玉座の上で気持ちよさそうに寝ていた。
主である彼の本当の名を篤驥は知らなかった。
ただ、彼のことを『真龍』だと思っている。
だから心の中では民と同じように彼を『龍』と呼んでいる。
起こすのも悪いと思い、篤驥は出直そうと龍に背をむけた。
やがて2、3歩足をすすめたところで「篤驥」と自らの名を呼ばれる。その言葉には芯がなく、彼はさぞ気持ちよく寝ていたのだろうと想像できた。
振り返ると案の定彼は眠たそうに目をこすってあくびすらしている。
いつもなら「はしたない」と咎めるも今日は疲れていたため彼を注意する気力すらなく、黙って彼の歯の裏まで見えそうなくらい大きなあくびを眺めた。
「揲は?」
ねぎらいよりも先に龍があの娘のことを訪ねることは予想していた。それゆえこちらも形式通りの返事をしてやる。
「揲様なら真梶様にお預けしました」
ふーん、と彼は面白くもなんともない様子でうなずいてから傍らにいた侍女に茶を持ってくるよう偉そうに指示を飛ばした。
「『様』ってつけるのか?揲に」
どこか不機嫌そうに龍は言うと茶を運んできた侍女を「やっぱりいらない」と追い返し彼女を困らせた。
彼のわがままで彼女が困るのはかわいそうだったから篤驥が代わりに茶を所望した。
主君の前で飲食をするなどもっての他だがその行為を龍が咎めることはなかった。さして興味がなかったのだろう。
彼は窓から見える闇夜——北西の窓を見ていたから紲御殿を見ていたのかもしれない——をジッと見つめていた。
「……当たり前です。
それと……宗主、彼女の見張り役として私をつけたのはいやがらせですか?」
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