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「嘘でしょ……」
彼は立って地面に着地していたのだ。
揲はもう一度先ほど青年が震えながらしがみついていた木の枝を見た。
地上から二人分ほどはなれているあの高さから飛び降りて二本の足で立っている。人間業ではない。
「やってくれたじゃない?クソガキ」
怒りをまとった彼が顔をあげて揲を睨んだ。
その殺気に息がつまる。首を締めあげられているように錯覚した。
先ほど木の上で震えあがっていた人間とはまったくの別人である。
彼が一歩、揲に近づいた。それでも金縛りにあったように体が動かない。
恐怖と困惑でゴクリと唾をのんだ。
その時である。ビュッと音を立てるほど強い風が宙を斬った。そのはずみで気に実っていた一つの桃が地面に落ちる。
それをたまたま手でとらえると何故か彼の放つ殺気は無くなっていた。そのかわり何か物欲しそうに青年は揲を見つめている。
「ねえ、君」と彼が木の上でおびえていた時と同じように揲へ語りかけた。
「……仲直りしよ」
青年がとってつけたような笑みを浮かべこちらに握手を求めてきた。疑問に思いながらも揲はその握手に応じてやる。
すると彼は子供がするようにつないだ手をブンブン振った。先ほどのあの殺気を前にして否とは口が裂けても言えない。
「ということで桃は頂くよ」
いつの間にか握手した手とは逆で持っていた桃が消えている。すでにその桃は青年の口の中に運ばれているところだった。
揲はキッと彼を睨みつける。
「……この泥棒‼」
「さっき俺を殺しかけた君に言われたくないね」
痛いところをつかれ、揲は唇をかみしめながら押し黙った。
その間に彼はペロリと桃を平らげてしまった。
童顔で背も男の割には低く、一見少年のようにも見える外見とは裏腹に性格は図太い。
彼は何の悪気もなさそうに「ごちそうさま!」と元気よく笑った。
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