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「あの……どうして高い木に登っていたのですか?高いところは苦手なのでしょう?」
「……嫁が寝込んでてね、ここの桃を食べると元気になるって噂だったからとってきてやろうと思って……確かにしっかり熟してておいしかった」
そう言うと青年は悔しそうに桃の木を眺めた。この後また上るつもりだろうか。
ふと木の上でおびえていた彼の姿を思い出す。あれは人のためだったのだ。
揲はだまってその桃の木によじ登り始めた。田舎育ちの揲にとって木登りなど造作もない。手近な桃を二、三個もぎ取ると再び青年の元へ帰る。
無言で青年に桃を手一杯もたせてやると彼は「いいの?」と少し驚いた顔をした。
「先ほど石を投げつけたお詫びです」
「じゃあ遠慮なく……あ、でも嫁うんぬんは嘘だからね。俺が食べたかっただけ、嫁なんてそもそもいないし」
何気ない青年の言葉に揲は少しでも彼を見直したことを後悔する。
桃を取り返そうと手をのばすも彼の素早い動きでかわされてしまった。先ほどと同じようなことの成り行きに揲はうんざりして桃を取り返すのを諦めることにした。
「さっきからあなたは本当にどうしようもない人ですね」
桃を頬張る彼についつい棘のある言葉をぶつけてしまった。
「よく言われる。でも俺が木に登ったのにはきちんとした理由があるから。
そうでなきゃ怖いのに登ろうとするわけないじゃん」
少し得意気に彼はふふんと鼻をならした。冷たい視線をむけてやっても全く気にしていないようだった。
「俺、何に見える?」
その問いに揲は上から下に青年の姿を眺めた。
だらんとした山吹色の着物にやや丈の長い袴。特にこれといった特徴はない。
「もしかして城下の方ですか?あなたの身のこなしなら余裕で忍び込んでこれますよね?」
彼のまゆがピクリと動いた。また怒らせてしまったかと少しあせる。
「……俺、こう見えて武官なんだよね……」
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