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彼の落ち込んだ声に揲は思わず「嘘ぉ‼」と叫んでしまった。慌てて押し黙り恐る恐る青年を見る。
彼は怒っているというよりは単純に落ち込んでいるようだった。申し訳ないことをしてしまったと心の中で深く詫びる。
「どうせ俺の十年は所詮その程度だよ。いつまでたっても出世できねーし、木にも登れないし」
彼は地面の石をつまらなさそうに蹴りながらブツブツとそんなことをつぶやいた。
面倒くさい人だなと思いつつ仕方がないから励ましてやることにする。
「先ほどの木からの着地、見事でした。
それに私があなたを武官だとわからなかったのは腰に刀をさしていないからです。あなた自身の問題ではありません」
「ホント?」と彼が涙目になりながら顔をあげた。
年上の男を泣かせたのが人生で初めてのことでむしろ揲が戸惑ってしまった。
「君……いい子だね。桃一つあげるよ」
「……もともと私がとってきたものですけどね」
とは言いつつも桃は好きなので遠慮なく彼から奪うようにそれをもらい受ける。
一口食べるとなるほど、ほどよい酸味が舌を心地よく刺激する。
「今日ね、うちの隊……隊っていうのは武官を少人数でわけたものなんだけど。
それに新人が加わるって話だったのにソイツが時間通りにこなくて……そしたら上司がすごい不機嫌になってんの。
あの人こっちに八つ当たりするから嫌なんだよなぁ……」
そう言いながら彼は慌てたように「ちょっと待って、今のなしで」とキョロキョロ周りを見回した。
人の姿が無いことを確認すると青年はホッと息をついて話を続ける。
「で、俺は逃げてここに来たってわけ。だから刀忘れちゃった。
そんでついでに上司の機嫌直してやろうと木に登って紲御殿の中見てたの。かわいい子いないかなーって。
あの人意外と女好きだから連れてきてあげたら機嫌直ると思ったんだよね。
この前なんて寝言で『羽蝶様』って女の名前よんでたし」
ウチョウ……どこかで聞いたことのある名だった。
しかし思い出せそうにない。頭がもやもやとした煙にまかれたように不快な気分になったから考えることをやめた。
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