第三話 女武官

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 そんなことより、と今日何度目かわからないがまた青年を睨みつける。  「最低」と低い声で吐き捨てるように言ってやると彼はあきれたように肩をすくめた。 「本当に最低だよね。あんな上司嫌になるよ」 「そうじゃなくてあなたのことを言ったんですよ」  本当に驚いたのか青年が二、三度目をしばたく。 「あ、俺のこと?」 「もちろん、紲御殿(きずなごてん)を覗いたなんてとんだ変態野郎ですね」 「そう?でも俺、女とか興味ないから」  彼はそう言って二個目の桃にかじりついた。ムシャリ、とおいしそうな音が響く。 「だからさ、君ちょっと俺と一緒に本殿まで来てくれない?この際誰でもいいや。  時間も時間だし」 「本殿まで」と「誰でもいいや」が気になったが後者にはあえて触れないでおく。  問題は前者「本殿まで」という言葉だ。  今の今まで忘れていたが(せつ)篤驥(とくき)に呼び出され本殿へ向かおうとした途中だった。道がわからず約束をすっぽかしている状況である。  あの篤驥のことだからさぞ陰湿な怒り方をするだろう。そうなるとたまったものではない。 「いいですよ、ただ少しで終わらせてくださいね。  私も本殿に用があるので」 「よっしゃ!え?もしかして君って軽い女——」  とうとう我慢できなくなり、彼に鉄拳を食らわせてしまった。  かくして揲は名も知らない青年と共に本殿を目指すこととなった。 ***  本殿は大きな宮殿のような構造でひたすら天井が高く、廊下も広い。  入ってすぐにある広間から四方向に通路が広がっている。  昨日は余裕がなく気がつかなかったが腰に刀をさした武官かた分厚い書物を持った文官まで本殿には多くの人が行きかっている。  しかし、その中でも女子(おなご)の揲が目立つのは当たり前ですれ違いざまにチラチラと視線が飛んできた。  やがて青年は桃を片手に我が物顔で東の廊下へ進んでいった。  そこからつながる先が武官の勤め先なのだろう。がたいの良い男どもの中で彼のふらふらした様子はどうにも悪目立ちした。彼は元気よく周りに挨拶をすることもあったがいつも無視されるか舌打ちされるかだ。  その様を見て彼は「みんな照れてるんだよ」と楽しそうに笑った。 「武官はね三人から六人くらいの隊にわかれてんの。  俺いろいろあって今までに十以上の隊を転々としてるんだよね。  最終手段として鬼武官の今の上司の下におかれてる。あの人俺の天敵なのになぁ……」 そう言いながら青年は一つの扉の前で止まった。しかし、なかなか開けようとはしない。 「……あのさ、刀とか飛んできそうだから君が開けてくれない?」 「刀が飛んできそうな扉を開けようとするバカがどこにいると思います?」  うう、と彼は妙な声を出して悔しそうに扉に手をかけた。ゆっくりと彼が戸を開く途中、グサッという鈍い音が。  見ると刀が扉に刺さっている。本当に刀が飛んできた、と揲は息をのんだ。 「……や、やあ。そんなに怒らないでくださいよ。  ほら、今日はあなたが好きな女子(おなご)を一匹連れてきたんですから——」 彼の言葉の途中で再び刀が矢のように戸へ刺さる。
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