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青年は慌てたように扉から覗かせていた顔をひっこめた。その顔色は蒼白である。
「……今日が俺の命日かもしれない」
彼が神に願うように手をあわせると合わせたようにまた刀が戸を壊さんばかりの勢いで飛んできた。
意をけっしたように青年は戸を勢いよく開ける。
そこでようやく揲にも中の様子が見えた。武官といういかつい面とは反対の木を基調にしたあたたかさすら感じる部屋だった。
しかし、問題は青年が『鬼武官』と評したそこにいた人物だ。
「今日のところは許してくださいよ。俺三本も刀投げられたよ、篤驥殿」
揲は目を丸くした、彼もまた珍しく動揺したような顔をしている。
「ねー、篤驥殿。そんなに俺の連れてきた子が気に入ったの?だったら許してよ」
「うるさい、榛雅!お前は城下で新しい戸でももらってこい!」
「えー、城下って遠すぎ。篤驥殿が壊したんだから自分で行ってくださいよ」
篤驥がボロボロの戸にむかって腹を立てたようにもう一本刀を飛ばすとあたりは水を打ったように静まり返り口答えする声は消えた。
こうなると一番かわいそうなのは刀が四本も刺さり、無残な姿になった扉である。
そして篤驥は問答無用で青年をつまみ出し、今度はその刺すような視線を揲にむけた。反射的に彼から目をそらす。
その様子にため息をつく篤驥。
「来ないかと思えば榛雅と一緒に来るし……。
お前は一体どういうつもりなんだ?」
「さっきの人、榛雅殿っていうんだ。なんていうか……賑やかな人」
さりげなく話題をそらしつつ言葉を選んで先ほどの青年——榛雅の印象を語った。
「うるさいと言ってもらって構わない。
あれは蛇紋榛雅、剣の腕は良いが性格に難がありすぎる。いわゆる厄介者というヤツだ。
……そんなことよりお前だ。榛雅が帰ってくるまでにみっちりしごくぞ」
しごく、という言葉が脅しに聞こえないことが恐ろしい。揲の額には冷や汗がつたっていた。
***
揲は昔から体力に自信があった。稀珀家にいたころは男どもにまざって野を駆け回っていたし、剣術も故郷・天梛では一、二を争う腕前だった。
けれども勉学は苦手だし嫌いだった。
兵法などはわけがわからずただ突っ込んで敵を蹴散らせばそれでいい、と思っていた。というよりそれは勉学から逃げるための口実のための考えだった。そのくらい揲は勉学が嫌いだった。
だから篤驥から大量の情報を頭に叩き込まれて世界がグルグル回っているようなそんな気持ち悪い感覚に襲われた。「しごく」とはこういう意味だったのか。
先ほどの青年——榛雅が彼のことを「天敵」と呼ぶ理由がなんとなくわかってきた気がした。
だいたい篤驥は武官のくせに文官のような話し方をする。武官ならば武官らしく外で稽古をしてろ! 、と思いっきり壁を蹴り飛ばした。
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