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「その通りだ。
そんな得意気な顔をされてもそのままのことを言っているだけじゃないか。
『陸銀条』は官位名。お前の言ったように『陸』は彩玉紐の総本数、『銀』は染まりかけの一本の色を言う。
……そうだな、例えば私の場合官位名を何と言うと思うか?」
揲は再び篤驥の彩玉紐を見た。
銀の紐が三本に翠の紐が一本のあわせて四本。
銀になる途中の紐が翠だから……
「肆翠条‼」
揲がそう答えると篤驥は黙ってうなずく。その口元にはほんのりと笑みが浮かんでいるように見えた。
「……ではお前の官位は?」
今度は深く考えなくてもわかる。揲の彩玉紐は白一本のみ。
つまりは『壱白条』だ。
再び元気よく篤驥に「壱白条」と言ってやると今度は気のせいではなく彼は微笑をうかべた。苦笑かもしれないが何だか妙にうれしかった。
「お前の官位は一番下だ。基本的に彩玉紐の本数が多いほど身分は高いから喧嘩を売るなら彩玉紐を見てからにしておけ」
しっかり釘をさすところはやはり抜かりない。
そして何か話すことをためらったのか少し間をあけて篤驥は再び口を開いた。
「お前の仇……稀珀攻めの首謀者は少なくとも彩玉紐が一本や二本の者ではない。軍議にでることも許されていた人物だと思う。
誰もそいつの正体に気がつかなかったし……軍の編成やこちらが持っていた情報をある程度は頭に入れていないとあの策は考えつかない」
あの策、と篤驥はあえてぼかすような言い方をした。
揲にその日の残虐な光景を思い出させないように気をつかったのかもしれない。
けれども揲の脳裏にはすでにあの地獄絵図が浮かんだまま消えなかった。
その策は極めて卑劣だった。
もともと揲の故郷である天梛は実りが豊かで農業が民の生活基盤となっていた。田が害虫に喰われると米を守るため稀珀家の役人までもが一丸となった。
そのため民の九割は百姓であったから稀珀家では農民と兵を分けてはいなかった。戦の時だけ武士になり、それ以外は百姓として過ごさせていたのだ。
稀珀家が滅ぼされたあの日、夕雩軍は奇襲をしかけてきた。ただでさえ兵を集めることに時間がかかるのにその奇襲はただの奇襲ではなかった。
天梛の心臓ともいえる田が襲われたのだ。
まず、伏兵に稲穂を燃やされた。実にうまい手法だった。広がっていく火事のように見せかけヤツらは順々に田を焼いていった。
それを見た農民は火を消すことに夢中となり、役人もその作業を手伝うため宗稀珀家の屋敷を離れていった。
女子供と少しの男だけになった屋敷はいとも簡単に夕雩の大軍にのみこまれた。屋敷は燃やされ田にいた人々も無差別に斬殺されたという。
こうして稀珀家はいとも簡単に滅亡したのだ。
「……目星はついてるの?だれが私の幸せを奪ったのか」
少しの時間、篤驥は押し黙った。
「この城にいる私とお前、宗主以外の人間だ」
それは目星とは言わないだろう、と笑ってやりたかったがうまく頬が動かなかった。途方もない道が続いているような恐怖ともとれる感情が揲の心に重く重くのしかかったのだ。
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