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しばらくして外から戸を叩く音が聞こえた。こちらが開ける前に音の主である桃の青年——榛雅はズンズン中へ入ってくる。
「榛雅、また寄り道してきたのか?遅すぎだ」
「城下まで行ってこい、って言ったのそちらでしょ」
そう言いながら榛雅はキョロキョロと狭い部屋を見回して「さっきの女の子は?」と篤驥にたずねた。
「あの娘なら紲御殿に帰ったぞ」
「えー、帰るの早いなー。
あ、篤驥殿。言っておくけどあの娘が勝手についてきたんですからね。俺に怒らないでくださいよ」
彼の嘘に揲は怒りを抑えながらも必死で平常心を呼び戻す。
「で、さっきから気になってたんだけど君はだれ?」
榛雅が興味深々といった様子で男装をした揲を上から下に見た。
ここで目の前にいる武官が先ほどの女子だと気づかれるとまずいので平静を装って彼の問いに答えてやる。
「今日からこの隊にご一緒させていただきます。武官の揲と申します」
やろうと思えばきちんとできるのだ、と得意気に篤驥へ目配せすると彼はなぜか青くなって首を小さくふっている。
そこでようやく先ほどの発言が失言であったことに気がついて顔から血の気がひいた。
どうか気がつかないでくれ、と願うも榛雅はそんな甘い男ではなかった。
「セツ、って幼名?それとも姓か何か?
あれ、でも君まだ壱白条だから姓はもらえないよね?どういうこと?」
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