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胤国 火曛 夕雩城——
——お前をすぐにでもなぶり殺したい。
揲は恨みの籠った目で頭上の玉座に腰掛ける男——夕雩家の当主を睨んだ。
この世で最も憎い人間を目の前にして揲は自らが荒ぶる獣と化していくのを感じていた。
民からの税で作られた無駄に広いその部屋にはヤツと自分、そして一人の武官しかいない。
体を縄で縛られていなかったらヤツを殺せたかもしれない、とくだらない想像をしてみるも別段楽しくもなんともなかった。
怒りすら収まってくれそうになく、嫌に揲をくすぐる。
今、ずっと追い求めていた仇が目の前にいるのだ。故郷も、家族も、愛する人も奪った憎き夕雩家。
その当主たるヤツの瞳は多くの人間を殺戮したとは思えないほど澄んでいた。
海のような珍しい彼の青い目に恐怖すら感じながらも揲はまっすぐにヤツをみつめた。
憎しみも怒りも全てぶつけてやった。
「名は?」
やがて彼の低い声がふってきた。答えずにいると男の傍にいた細身の武官が「名は揲、姓は御潴と」と代わりに紙のようなものを読み上げる。
「年は十四、少し癖のある黒髪、手の甲にある刀傷。やはり我らの探し人に間違いないかと思われます」
ヤツは小さく頷いた後、わずかに口の端をあげた。
「そんな女子などどこにでもおろう。……おい、お前。爪を見せろ」
その男の言葉に揲はハッとする。
彼が爪を見せろと言った理由、それは紛れもなく揲の爪が普通ではないからだ。
周りの人々からはガラス細工のようだと言われていた。
その言葉の通り揲の爪は白ではなく透明でガラスの破片を指にさしたように見えていたのだ。
ヤツは自分を調べつくしている、そう思うとさらに恐怖は増していった。
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