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自らの爪を守るようにこぶしを握ると傍らにいた細身の武官が「宗主の言う通りにしろ、殺されたいのか」とそっと耳打ちをした。
「このご丁寧にまかれた縄のおかげで動けないからな」
揲は彼らに見せつけるように腕を小さく動かした。案の定、縄が邪魔で思うように動かない。
「篤驥、縄をといてやれ」
先ほどの華奢な武官は篤驥というらしい。
彼は乱暴に縄をといて揲の手を掴み座上の男にかざした。その作り物のような爪を凝視した後、夕雩の当主はいやらしい笑みを浮かべる。
「お前が揲か……」
ヤツはゆっくりと目を細め、立派な玉座から降りると一歩二歩と揲に近づいた。
近くでみるとその長いまつ毛に陶器のように滑らかな白い肌、女子の揲よりも豊かな黒髪とその顔立ちの美しさが際立ってみえた。
だから余計に、揲の心の内では彼の行いの汚さが目立った。
「お前は余を憎んでいるのか?」
「……当たり前だ」
揲はうなるように言った。
「お前は稀珀家を……私の主を滅ぼしやがった。許すわけにはいかない」
そうか、と彼は表情一つ変えずに澄ました顔でうなずいた。
「そうでもなければ女子の身で王軍に入ろうとはしないだろうからな」
ここに連れてこられる前、揲は胤国統一を狙う夕雩家と対立する胤国王軍にいた。
全ては夕雩軍を根絶やしにするために。
「殺しすぎたゆえに味方からも恐れられ、牢に入れられたらしいが」
こらえきれないと言うようにヤツはプッとふきだした。
「何が言いたい?」
「いや中身のある話はしておらぬ。そうだな、本題はここからだ」
彼はジッと揲の瞳を見つめた。その青い瞳に魂が吸い込まれそうだと感じた。
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