109人が本棚に入れています
本棚に追加
「余には跡継ぎという者がいない、娘は一人あるが男には恵まれなかった」
話の筋道などあってないようなものとでも言うように彼は突然何の関係もない話をしてきた。
「何を言っているんだ、と思ったか?
すまないがもう少しだけ話につきあってくれ。お前の主……稀珀を攻め滅ぼした手段、あれは見事だった。
余が長年苦戦していたのにこともあろうに一日で攻め滅ぼしてしまうとは……」
「……ふざけるな、あれはお前が……」
身をよじって武官につかまれた腕を抜こうとするも華奢なくせに力が強い。結局何もできずに息をきらしながらヤツを睨む。
仇を前にして何もできないことがたまらなく悔しい、口惜しい。そんな揲を見下すように見てから彼は再び口を開いた。
「実を言うと稀珀攻めをしたのは余ではない」
頭を殴られたような衝撃。視界が白く弾けたように錯覚した。
「嘘だ……嘘をつくな!」
「嘘ではない、あの日余はこの国の首都である絮璆に出向いていた。
しかしいざこちらへ戻ると『稀珀を討ったのですから祝いとして今日くらい騒いでも良いではありませんか』と驚くべき言葉が返ってきた」
彼が紡ぐ文字の羅列だけが右から左に揲の頭を流れていった。
瞬時に理解することができない、咀嚼してドロドロになった液体が頭の中でうごめいて消化できずにいるようだ。
「誰が指揮をしたのか問いたら皆不思議そうに顔を見合わせた。
ずっと余がやったものだと思い込んでいたらしい。
後から聞いた話、その手腕は実に見事だった。余の跡継ぎにふさわしいと思った。何が言いたいかわかるか?」
まるでこれまでの状況を無理に理解するようにごくり、と自分ののどが鳴った。
「跡継ぎが欲しい余と仇を討ちたいお前。わかるか?目的は同じだ。稀珀攻めの首謀者を見つける」
ニッと彼が笑った。気味が悪い、そしてどうしようもなく嫌な予感がした。
「武官としてこの城に潜み、仇を見つけ出したらどうだ?」
最初のコメントを投稿しよう!