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「今はなにをされておられるんですか」
「なにも。求職中ですから。っていうか、なんなんですか、いったい」
「いやあ、実はですね。二日前の夜七時四十五分頃、私服警官が緑ケ丘三丁目のコンビニのトイレに拳銃を置き忘れてるんですよ。まったく。馬鹿ですよね。本官が言うのもなんですが、最近の警察官は実にたるんでます」
村尾は高笑いした。美佐は笑わない。村尾はさも可笑しげに笑ったあとに続けた。
「私服警官は八時二十分になってようやく拳銃をトイレに置き忘れたのに気づいてコンビニに戻ったんですがね。なんと、すでに拳銃は持ち去られた後だったんですよ」
「本当ですか」
「まことに遺憾ですが、本当の話です」
「そんな事件、ニュース番組でもやってないし、新聞にも載ってませんけど」
「そりゃそうですよ。警察官にあるまじき大失態ですからね。公表する前にまずは遺失物を見つけ出さないと。ところで、新聞を購読されておられる?」
「私が新聞を読むと、なにか不審な点でも?」
「いやいや。お若いのに感心だなあと思いましてね。うちの娘なんて青田さんと同世代ですが、見るのはスマホばかりでして、新聞なんか手にとって開こうともせんのです」
「私、トイレで拳銃なんか見てません。私が入ったときにはありませんでした」
「トイレで拳銃を見てないと?」
「はい。見てません」
「一昨日の夜八時頃、緑ケ丘三丁目の交差点の角のコンビニのトイレを利用したのは認めるわけですね」
村尾の目が、獲物を探し当てたフクロウのように、丸く大きく見開いた。
美佐は、村尾の術中にはまり、まんまと誘導されてしまったのだ。美佐は思わず舌打ちしたい衝動にかられた。
「一昨日の夜七時四十五分から八時二十分にかけて緑ケ丘三丁目のコンビニでトイレを利用したのは四人。拳銃を置き忘れた私服警官を除けば三人。三人のうち最初に利用したのは青田さん、あなたなんです。他のふたりがトイレに入ったときにはすでに拳銃は無かった。他のふたりはそのように証言しています。他のふたりは社会的な信用の厚い人物です。となると青田さん、あなたはかなり不利ですよ」
村尾は含み笑いしている。
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