雨月ノ君ハ 冷タイ唇

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 駅前商店街の一角にたたずむ小咲(こさき)不動産。店が小さすぎるためか、もしくは近所の競合店が繁盛しているからか、なかなか足を運ぶ客がおらず、初老の店長小咲と二年前から働く新人の松原(まつばら)(あかね)の二人だけで細々と経営していた。  そんなある日、この店に珍客が訪れる。 「いらっしゃい。部屋をお探しかな?」 「いえ。俺は松原忌一(きいち)っていいまして……」  老眼鏡越しに小咲はこれでもかと目を丸くする。半年ほど前に従業員の茜を通し、曰く付き物件の問題を解決して貰ったという経緯はあるが、本人と直接会うのはこれが初めてだった。嬉しさと感謝で飛びつくように、その青年へ握手を求める。  茜からは「うだつの上がらない従兄(いとこ)です」と口酸っぱく言われていたが、こざっぱりした格好のせいかそれほど悪い印象は受けない。どこがそんなに彼女の印象を悪くしているのかと疑問だが、若い二人にはいろいろあるのだろうと、小咲は笑顔で奥の応接コーナーへと通した。 「先日はみごとな(かに)を頂きまして……」 「あぁ、あれね。美味しかったでしょ? 毎年取引先からお歳暮で貰うんだよ」  半年前の報酬として、忌一はタラバガニを二匹受け取っていた。本来は金銭での報酬だったのだが、その時にかかった入院費で全て消えてしまったのだ。それではどうにも申し訳無いということで、茜経由で蟹が贈られたというわけだ。 「父が大変喜びまして。それで、先日出張先で買ってきたこのお土産を是非小咲さんにと……」 「何だか悪いね!? お礼にお礼を貰うなんて。これはホタテの干物かな? 酒が進みそうだ、有難く頂くよ」  嬉しそうに袋の中身をのぞく小咲を尻目に、忌一はキョロキョロと店内を見回す。いつもこの店には二人きりだと聞いていたのに、彼女の姿がない。 「あぁ、茜ちゃんかい? 彼女は今、内見に出ててね」 「内見? 茜も内見を担当したりするんですか? 主な仕事は受付事務って聞いてたけど……」 「普段はさせないけどね。そのお客さん、中学の同級生だって言うから彼女に行ってもらったんだよ。その方がいいかと思って」 「中学の同級生……ですか」  一抹の不安が過るのを見逃さなかった小咲は、悪戯心がムクムクしたのか意地悪い笑みを浮かべて、 「しかも結構な色男だよ」 と、わざわざ耳打ちするように告げた。
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